不眠の子守唄

海外文学などの書評や洋楽のレビューを書いているブログ。

書評

アチェベ『崩れゆく絆』が絶対に読んでほしい海外文学である理由【あらすじ・感想】

海外文学や古典的作品の醍醐味は、その物語の舞台が私たちの日常とは異なる「異世界」でありながら、そうした世界は現実に存在していた、あるいはしているというところにある。 個人の好みではあるが、私はそうした「まったく知らないけれど、現実に存在して…

ブラックな葬儀ビジネス小説ーイーヴリン・ウォー『愛されたもの/ご遺体』あらすじ・感想

「まあ、ジョイボイさん、きれいですこと」 「ええ、うまく仕上がったでしょう」彼は鶏肉屋がするように腿を軽くつまんでみて、「柔らかい」と言った。一方の腕を上げてそっと手首を曲げた。 「ポーズをとらせるまでに二、三時間はかかるでしょう。頸動脈の…

異質なファンタジーとの出会いーチュツオーラ『やし酒飲み』あらすじ・感想

わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外にはすることのない毎日でした。 「アフリカの外で初めて英語で出版されたアフリカの小説」(Wikipediaより)であるという、ナイジェリアのエイモス・チュツオー…

ほんとうの無政府主義者とは?ーチェスタトン『木曜の男』あらすじ・感想

政府なんて無いほうがいいのではないかと思わずにいられない出来事が世界で起きている。無政府主義こそが理想なのかもしれない。 しかし、現実には「無政府主義」が想像した通りの理想的なものにはならないだろう、ということは理解している。 無政府主義は…

ドストエフスキーの『罪と罰』は、「現代の予言書」なのか?【感想・考察】

2021年に生誕200年を迎えたドストエフスキーの作品は「現代の予言書」と言われる。誰が言い始めたのか厳密にはわからないが、たとえば新潮文庫版『カラマーゾフの兄弟』に寄せられた原卓也の解説には「この作品は今日でもなお、人類の未来に対する予言的なひ…

『アンナ・カレーニナ』あらすじ・感想ーなぜアンナは自殺しなくてはならなかったか

世界文学上に今なお燦然とその輝きを放ち続ける巨匠レフ・トルストイの作品『アンナ・カレーニナ』は、現代でも名前はおそらく多くの方が聞いたことがあると思う。 そしてこの物語が、主人公アンナ・カレーニナが、熱狂的な恋愛の末、鉄道自殺を遂げる……とい…

自己犠牲の是非ージッド『狭き門』あらすじ・感想

かつて進路について考えていたころ、ある人から「一番難しい目標を目指せ」と言われたことがある。 「難しい目標」はそのタイミングを逃したら叶えることができないが、そこまで難しくない目標であれば、難しい目標に夢破れた後でも叶えることができるかもし…

ジッド『背徳者』あらすじ・感想ー「人間らしさ」への目覚めと背徳の誘惑

長いあいだ閉じこもった部屋にこもりきりになる経験は、コロナ禍で多くの人が思わず経験することになったかもしれない。私もその一人である。 閉じこもった生活を続けた後で太陽のもとに出ると「生きていること」の素晴らしさを実感する。そして、なんでもで…

安部公房『壁-S・カルマ氏の犯罪』あらすじ・感想ー「名前」を失った人間の話

安部公房は、日本で最もノーベル文学賞に近かった作家の一人であると言われる。 それは安部公房が海外で高く評価されていたからであるが、現代の私が読んでみても、安部公房の作品は「海外文学的」である。もちろん安部公房の作品が生まれた土壌には渺茫とし…

ブッツァーティ短編集『七人の使者・神を見た犬』ー幻想的で不条理な短編集

20世紀のイタリアの作家ディーノ・ブッツァーティは、代表作の長編『タタール人の砂漠』も有名だが、多くの優れた短編を残した小説家としても知られている。 ブッツァーティの短編は非常に面白いが、星新一のショートショートのように奇抜な設定やオチの秀逸…

『タタール人の砂漠』あらすじ・感想ー読むとしばらく立ち直れない本

人生とは、有限で、老いとともに色々な可能性を失っていくもので、短く、たいていの人は何かを成し遂げることさえできずに終幕を迎えるものである。 そのようなことをテーマにした世界文学の名作として、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの『タタール…

『嫌われた監督』書評・感想ー落合博満と「プロ野球の監督論」と原辰徳

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著)を読んだ。 2004年から2011年シーズンに中日ドラゴンズを監督として率いた落合博満について、選手や球団関係者への聞き取りや当時スポーツ紙のドラゴンズ担当記者であった著者の回想を交えて…

『イーヴリン・ウォー傑作短編集』感想ー名作家によるブラックな短編

世の中には多く「傑作集」を銘打っている本があり、時たま納得できないものもあるが、イーヴリン・ウォーの『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』(白水社エクス・リブリス・クラシックス)は、個人的には文句なしの「傑作短編集」だ。 このブログでは、これまで…

小川洋子『博士の愛した数式』は最高の野球小説でもある【感想】

プロ野球の日本ハムに、来季から新庄剛志が監督として就任することが決まった。 新庄剛志というと、メジャーリーグからの復帰先に日本ハムを選び、野球の実力もさることながら、華やかなパフォーマンスで注目を集めた選手である。エンターテイナーとして随一…

F.S.フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン』あらすじ・考察ー名短編のテーマとは?

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』というと映画が有名だが、原作は『グレート・ギャツビー』で有名なアメリカの小説家フランシス・スコット・フィッツジェラルドの短編である。 ご存じの方も多いと思うが、「老人の姿で生まれて、歳を重ねるごとに若返っ…

クノー『文体練習』という奇書を読む【書評・感想】

昨日レーモン・クノーの『地下鉄のザジ』の紹介をしたので、今回はクノーの『文体練習』という本について紹介しようと思う。 この本は、小説でもエッセイでもない。 ではどのような本なのかというと、この本は同じ内容の文章を、99通りの別の書き方で書いた…

クノー『地下鉄のザジ』あらすじ・感想ー価値観を揺るがす小説

『地下鉄のザジ』というと映画が有名だが、原作はレイモン・クノーによる小説である。 以前から興味はあったが、ついこの間の2021年9月に『地下鉄のザジ』がの新版が中公文庫から出たことを知ったので、読んでみた。新版でも訳は以前と変わらず生田耕作のも…

ラテンアメリカ文学の伝説的作品『ペドロ・パラモ』を読む【あらすじ・感想】

「面白いストーリー」と「面白い文学」は違う。 ーーということを最も強く実感するのは、中南米の小説を読んでいる時だ。 今回紹介するフアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』という小説は、ノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスやバルガス=リョサをはじめ…

ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』あらすじ・感想ー子どものままでいることの罪

ドイツのノーベル文学賞受賞作家、ギュンター・グラス(1927~2015)の代表作に『ブリキの太鼓』という作品がある。 (映画化されているものも有名だが、この記事では原作の小説のみ取り扱う) 一行で解説すると、この小説は「主人公が生まれながらの超能力…

人類の脳は、現代社会を生きるには欠陥が多すぎるー『スマホ脳』書評・感想

私は無神論者ではないが、それは死後の世界の存在を信じたいという意味におけるものであって、現世に神が介入することがあるとはないと考えている。そして、私たち人間が神の特別な被造物であるとも考えていない。 私がそう考える理由の一つは、私たち(ある…

チェーホフ『ワーニャ伯父さん』あらすじ・感想ー絶望の中で生きるということ

先日、映画『ドライブ・マイ・カー』を観た。この映画の中で重要なモチーフとなっているのが、チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』であるが、この作品の内容が気になったので積読していたこの本を読んでみた。 今回は、『ドライブ・マイ・カー』で言及され…

【コミックと原書の違い】『戦争は女の顔をしていない』解説・感想

2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの代表作であるノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』は、岩波現代文庫からも出ているが、KADOKAWAからコミック版(作画・小梅けいと)も出ている。 ここでは、原書とコミック版…

フランツ・カフカ『変身』あらすじ・感想ー現代の社畜の悲劇として考察する

海外文学はそれなりに読んできたが、カフカはいまいち「わからない」という感想を持っている作家だ。 しかし、むしろ、わからないところがクセになるともいえる。面白さがよくわからなくても、読み終わると「すごいものを読んだ」という気持ちになる。 その…

ジーン・リース『サルガッソーの広い海』あらすじ・感想ー名作と植民地の暗部

「世界で最も評価されている二次創作」は、もしかするとジーン・リースの『サルガッソーの広い海』という小説かも知れない。 モダン・ライブラリーの「Modern Library 100 Best Novels」にも選ばれているこの小説は、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エ…

英国流のブラックユーモア小説ーイーヴリン・ウォー『大転落』【あらすじ・感想】

イーヴリン・ウォーという小説家は、日本ではそこまで有名ではないかもしれないが、イギリスでは『情事の終り』などで知られるグレアム・グリーンと双璧とされるカトリック作家であるという。 過去にこのブログでも紹介したウォーの代表作『回想のブライズヘ…

井伏鱒二『黒い雨』あらすじ・感想ー原爆の不条理さに翻弄される庶民

最近(2021年)「黒い雨訴訟」が話題となった。 「黒い雨」というのは、原爆投下後に降り注いだ、原爆投下時に生じた煤や放射性物質を含んだ、言葉通り黒色をした雨のことである。 つまり、原子爆弾によって直接被爆しなかった場合であっても、放射性物質を…

『若きウェルテルの悩み』でウェルテルはなぜ自殺したのか【あらすじ・感想】

「ウェルテル効果」という言葉がある。 有名人の自殺がマスメディアによって報道されると、それに影響されて自殺者が増える現象を表す言葉である。この名前は『若きウェルテルの悩み』の主人公ウェルテルにちなみ、この現象を実証した社会学者ディヴィッド・…

「読んではいけない」本ーセリーヌ『夜の果てへの旅』【あらすじ・感想】

東京大学出版会から出ている『教養のためのブックガイド』という本があり、おもしろいのだが、その中で一番面白いのは「読んではいけない」本も挙げられていることである。 そのような「読んではいけない15冊」として挙げられているうちのひとつが、フランス…

クッツェー『恥辱』あらすじ・感想ー現実にどう向き合うか

都内の大学の教授が過去に教え子と性的関係を持ち、教え子から告発されたらしい。申し立てが事実なら、大学から追われることになるだろう。 ところで、「大学教授が学生に手を出して懲戒処分になる」ところから始まる小説といえば、ノーベル文学賞作家ジョン…

コンラッド『闇の奥』あらすじ・感想ー「文明」と「野蛮」の対立と親和

先日、日本語を母語としない台湾出身の李琴峰さんが、『彼岸花が咲く島』で第165回芥川賞を受賞した。母語以外での作家活動なんて私には想像もできないくらい大変だと思うが、基本的に日本語で読書をする一読者としては、李さんのような作家の活躍は非常に嬉…