「芥川賞」「直木賞」と「本屋大賞」、耳にしたことがある方がほとんどだと思いますが、意外とこれらの賞の違い(特に芥川賞と直木賞)はよくわかっていない、という方が多いのではないでしょうか。
私も恥ずかしながら、これらの賞の違いを理解したのは大学に入って、受賞作を読んでみるようになってからでした。
芥川賞や直木賞、本屋大賞の受賞作を読んでみたいけれど、どの受賞作を読めばいいのかわからない……という方は、ぜひこの記事を参考にしてください!
「芥川賞」「直木賞」とは?
はじめに、芥川賞と直木賞の違いについてご紹介します。
この二つの賞は一緒に覚えている方が多いと思いますが、実際に芥川賞と直木賞はセットになっている賞です。
どちらも現在は「公益財団法人日本文学振興会」が主催している賞で、文藝春秋を創業した菊池寛が創立した賞です。
「芥川賞」は正式名称が「芥川龍之介賞」
「直木賞」は正式名称が「直木三十五賞」
というように、賞の名前は芥川龍之介と直木三十五という、雑誌『文藝春秋』の発展に大きく貢献した作家二人の名前に由来しています。
夭折した芥川と直木を悼んで、菊池寛が命名しました。
芥川賞と直木賞の違い
具体的に芥川賞と直木賞の受賞作品には、次のような違いがあります。
芥川賞
選考対象:若手・新進作家の、純文学・短編作品。
直木賞
選考対象:新進・中堅作家の、エンターテイメント作品(大衆文学)。
(出典:公益財団法人日本文学振興会HP)
ともに、大御所と呼ばれるような10人ほどの作家の先生方が選考委員をつとめ、選考委員が激論の末に受賞作を決めると言われています。
芥川賞・直木賞受賞作決定後の9月号・3月号の雑誌『文藝春秋』には芥川賞の、雑誌『オール読物』には直木賞の選評が掲載されており、面白いです。
受賞作家の違い
受賞する作家としては、芥川賞が新進小説家で、直木賞は比較的ベテラン作家であることが多いです。
最近では、大学生の宇佐美りんさんが『推し、燃ゆ』で芥川賞を受賞したように、芥川賞はしばしば若い作家が受賞してフィーバーとなります。
古くは石原慎太郎さん(元東京都知事として有名ですが、もともとは小説家です)が『太陽の季節』で23歳で芥川賞を受賞しましたし、2004年に芥川賞を同時受賞した金原ひとみさん(『蛇にピアス』)、綿矢りささん(『蹴りたい背中』)も若くして受賞した代表例です。綿矢りささんは19歳11か月で芥川賞を受賞しており、これは現在でも最年少記録です。
ただし、選考にあたっては「小説家としてデビューしてから間もない新進小説家」であることが重要ですので、黒田夏子さん(75歳で受賞)というような例もあります。
一方で直木賞は、デビューしてから何年もたったベテラン作家が受賞することも多いです。
芥川賞は新人に与える賞であるため「みずみずしさ」や「荒々しさ」のようなものも評価されますが、直木賞は「作者が小説家として十分に成熟しているか」というところが評価されるので、若手作家は受賞しにくい面があります。
現在のところ、戦後の直木賞の最年少受賞者は朝井リョウさん(『何者』で23歳で受賞)です。
(戦前を含めると1940年に第11回直木賞を受賞した堤千代さんが22歳で最年少です)
つまり、作家別で言うと、デビュー間もない小説家の小説が読みたい場合は芥川賞、作家として成熟した小説家の作品が読みたい場合は直木賞ということになります。
受賞作の作風の違い
ただ、受賞作家の性格の特徴よりも重視すべきなのは、芥川賞が純文学の賞で、直木賞がエンターテイメント小説の賞であるということです。
「純文学」というのは、純粋な芸術としての「文学」を目指した作品のことです。簡単に言えば、純文学というのは「人間とは何か」を問いにした小説であり、これを探求することを目的としています。
たとえば、先述の宇佐美りんさんの『推し、燃ゆ』は、発達障害を持っていると思われる女性オタクである主人公が、男性アイドルを「推す」ことで生きづらい現代社会を生きていくことを描いた作品です。また、ピースの又吉直樹さんの『火花』も芥川賞受賞作ですが、「笑いとは何か」を描いた小説であり、どちらも広い意味で「人間とは何か」をテーマにしているということができます。
一方、エンターテイメント小説は、読者を楽しませることを目的とした小説です。
もちろん、エンターテイメントを志向した小説に哲学的な深さがないというわけではありませんが、「一番大きな目的」は純文学とは異なっています。
つまり、一般的に「読んでいて楽しい」のはエンターテイメント小説であり、「楽しい小説」を読みたい方は直木賞受賞作を読むことをおすすめします。
しかし、芥川賞受賞作が面白くないわけではありません。「考えさせられる小説」を読みたい方は、芥川賞受賞作をおすすめします。
芥川賞と直木賞、どちらがおすすめ?
すでに結論は書いてしまったようなものですが、芥川賞と直木賞がどちらがおすすめかは、以下のようになります。
簡単に言えば、どちらかというと芥川賞は「文学オタク」向けの賞で、直木賞が一般向けの賞です。
ただし、簡単に「直木賞の方が読みやすい」とも言い切れません。
一つの理由としては、概して芥川受賞作は短めなのに対し、直木賞受賞作は長いからです。
また、直木賞はエンターテイメント作品に贈られる賞ですが、実は直木賞受賞作には一定の傾向があります。
直木賞には傾向がある
なぜ私がこのようなことを書いたのかというと、直木賞受賞作の傾向として、ファンタジーやSFは不利な傾向にあるからです。
一例を挙げましょう。
2018年下半期では真藤順丈さんの『宝島』が受賞しています。『宝島』は戦後の沖縄を舞台にした小説で、著者の真藤さんが東京都出身とは思えないほど非常に精緻に沖縄を描写していて、話としても面白い素晴らしい小説です。
『宝島』の直木賞受賞には、まったく異論はありません。最近文庫化もされたので、興味のある方はぜひ読んでみることをおすすめします。
しかし『宝島』受賞の一方で、2018年下半期に直木賞には森見登美彦さんの『熱帯』も、直木賞にノミネートされていました(こちらも最近文庫化されました)。
森見登美彦さんは私も好きな作家ですが、『夜は短し歩けよ乙女』や『四畳半神話大系』、『ペンギン・ハイウェイ』など多くの著書がアニメ化されているなど、世間一般の評価も高い作家です。
ですが、森見登美彦さんは、直木賞の選考会では高い評価を得ることはできませんでした。
なぜなら、『熱帯』は、ファンタジー小説だからです。
森見登美彦さんの小説は独特の世界観をまとっており、それが私含め多くのファンを惹きつける要因だと思うのですが、こうした「独特の世界観」のようなものは、直木賞ではあまり評価されないのようなのです。
そのため、ファンタジーやSFが直木賞を受賞することは、極めて異例です。
過去には、広瀬正による日本のタイムマシンものの名作である『マイナス・ゼロ』が直木賞の候補になったことがありましたが、選考委員の中で司馬遼太郎だけが強くこの作品を推したものの、他の選考委員は見向きもしなかったことがあったようです。
選考委員が入れ替わるとこのような傾向も変わるのかもしれませんが、現在のところ、ファンタジーやSFは不利だといえます(ミステリーは不利ではないです)。
一方で、最近の直木賞受賞作をどれか読んでみて、それが気に入ったという場合にはほかの直木賞受賞作も気に入る可能性が極めて高いです。
同じ選考委員が選んでいるので、直木賞は評価基準が一定だからです。
直木賞vs本屋大賞
本屋大賞もエンターテイメント小説が受賞することは多いですが、ベテラン作家の選考委員が選ぶ直木賞と異なり、書店員が選ぶ賞である本屋大賞は、ファンタジーやSFが不利な傾向はないといえるかもしれません。
前述の2019年の例では、『熱帯』は本屋大賞では4位でしたが、『宝島』は本屋大賞では18位でした。
(ちなみに、2019年の本屋大賞の1位は瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』でしたが、こちらも直木賞にノミネートされたものの受賞を逃しています。この作品は「直木賞ぽさ=パワフルさ」は弱めだったのかもしれません)
このように、直木賞と本屋大賞は、評価基準がまったくちがうことがわかります。
また、直木賞or芥川賞は一度片方を受賞したら受賞資格がなくなるのに対し、本屋大賞は何度でも受賞できる(たとえば恩田陸さんは2005年には『夜のピクニック』で、2017年の『蜜蜂と遠雷』で本屋大賞を受賞しています)のも特徴です。
直木賞と本屋大賞、どちらがおすすめ?
すでに書いてしまった内容も多いですが、ともにエンターテイメント作品が受賞することの多い賞である直木賞と本屋大賞の特徴(良い点と欠点)についてまとめると以下の通りです。
直木賞も本屋大賞も、それぞれ良い点があります。
二つの賞の良い点を把握して、どちらの賞を読んでみたいかを決めていただけると幸いです。
おわりに
以上、まとめると以下の通りです。
なお、先ほども述べましたが、毎年9月号・3月号の『文藝春秋』には芥川賞の、雑誌『オール読物』には直木賞の選評が掲載されています。
選評が記載されているうえに、『文藝春秋』には芥川賞受賞作が全文掲載されるので、お買い得なことが多いです。書評を読むのが好きな人にはおすすめです。