エドガー・アラン・ポーの短編はなぜ読み継がれるのか「モルグ街の殺人」「黒猫」の魅力解説【あらすじ・書評】

特に条件もなく、アメリカ文学のおすすめ作家を誰か一人挙げてほしいと聞かれたら、結局エドガー・アラン・ポーの名前を挙げるかもしれない。

エドガー・アラン・ポー(1809-1849)は、1776年のアメリカ建国以後、アメリカで文筆によって生計を立てようとした最初期の作家の一人である。ポーの名前を挙げる理由の一つはアメリカ文学におけるその「第一世代」としての立ち位置であり、そしてもう一つの理由はポーのの影響は現在まで強く受け継がれていること、そして今読んでもポーの作品は面白いことである。

コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズは、ポーの推理小説を手本としてホームズシリーズを書いたし、日本の推理小説の父・江戸川乱歩はペンネームをポーの名前から取った。いまや江戸川乱歩よりも、彼の名前からとられた『名探偵コナン』の主人公・江戸川コナンの方が有名かもしれないが、コナンだってもとをたどればポーに行きつくのだ。

さらにポーは詩人としても評価が高いが、ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎もポーの詩「アナベル・リー」に深い影響を受けており、また「アナベル・リー」という詩はナボコフの小説『ロリータ』の中でもモチーフとなる。『ロリータ』は、いわゆる「ロリータ・コンプレックス」の語源となった作品だが、もとをたどるとポーの影響に行きつくのだ(ちなみにポーは13歳の女性ヴァージニアと結婚している)。

このようにポーはジャンルを問わず多くの作家に影響を与えてきた作家である。では、ポーの作品の中で何を一番おすすめしたいのかというと、やはりポーの短編集であり、代表作「モルグ街の殺人」や「黒猫」だろう。今回はこの短編について書いていきたい。

ポーが短編小説の名手といわれる理由

ポーの小説作品の多くは短編である。ポーは長編小説をほとんど書かなかず、短い小説の中に自身の世界を想像することを得意とした。

ポーが短編小説の名手といわれる所以は、彼が理論的な裏付けを持って短編小説を書いていたことにある。

ポーには「構成の原理」という創作論があるのだが(自作「大鴉」を解説しながら短編小説のつくり方について語っている)、ここで彼が何を語っているのかを紹介したい。

ポーよれば、優れた小説は「統一的な効果」(単一効果)を生み出すべきであり、読者に一点に集中させることの重要性を説いた。また小説は一度に読み切れる長さでなければならないとした。なぜなら、読書を中断してしまうと、作者が意図した効果が薄れてしまうからである。

そしてポーは、物語の冒頭から読者を引き込ませ、それを物語の最後まで持続させることを重視した。このようにポーの短編小説は確かな創作理論に裏打ちされているから、ポーの短編小説は面白いのだ。

そんなポーの短編の中でも、特に有名で影響力の大きい作品が「モルグ街の殺人」と「黒猫」である。前者は推理小説の出発点として、後者はホラー小説の傑作として、現在でも多くの読者に愛され続けている。

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“史上初”の推理小説「モルグ街の殺人」の魅力

はじめに紹介したいのが「モルグ街の殺人」(1841年)という短編であり、この小説はしばしば「史上初の推理小説」と呼ばれる。

物語の舞台は19世紀のパリ。密室で起きた猟奇的な殺人事件を、名探偵の原型ともいえるオーギュスト・デュパンが論理的推理によって解決していく。

デュパンは優れた観察力と論理的思考力を持ち、警察が解決できない事件を鮮やかに解決していく。また、デュパンの助手的な立場で語り手が置かれており、読者は語り手の視点から事件の謎解きを追体験する。これらの要素は、後のシャーロック・ホームズとワトソンの関係にも受け継がれている。

私が「モルグ街の殺人」と初めて出会ったのは、小学生の時に読んだ子ども向けに翻案されたものだったが、挿絵に描かれた「真犯人」が恐ろしかったのを今でも覚えている。

一般にはこの小説が推理小説の元祖と評されることが多いが、一応留保をつけると、ポー以前にも推理小説的な要素を持つ作品は存在していた。たとえば、ドイツの作家E.T.A.ホフマンの『スキューデリー嬢』(1819年)は、犯罪の謎を論理的に解明する要素を含んでいる。(ちなみに余談だが、E.T.A.ホフマンの代表作といえば『牡猫ムルの人生観』であり、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも影響を与えたとされるネコ小説である)

しかし、やはり「モルグ街の殺人」が画期的だったのは、読者も一緒に推理を楽しめる構造を作り上げたことだろう。

もちろん「モルグ街の殺人」という小説は、現代の推理小説の水準からすれば非常に古典的だが、それでも「密室殺人」や「複数の証言から合理的な犯人を推理する」といった要素がすでにこの作品に含まれているのは、ポーの才能と画期性を示しているといえると思う。

ホラー小説「黒猫」の魔力

一方、「黒猫」(1843年)は、ポーのホラー小説の代表作である。

この作品の語り手は、以下のように語り始める。

だが、私は明日は死んでゆく身だ。せめて今日のうちに、心の重荷をおろしておきたいのだ。

ポーが創作論で語ったように、ポーは短編において、冒頭から読者の心をつかませ、それを最後まで持続させることを重視させていた。

「黒猫」の語り手の告白は、まさにその具体例といえる。語り手はなぜ「明日は死んでゆく身」なのだろうか。彼は頭は冴えていそうだが、じつは病身で明日には死んでいく身なのだろうか。それともーー。語り手が物語冒頭で語った謎が徐々に明かされていく構造は、推理小説の手法を思わせる。

この推理小説的な要素も「黒猫」が名作である理由であるが、この小説の真の恐ろしさは、語り手の心理描写にある。少しネタバレになってしまうが、この小説は、最初は愛猫家だった語り手が、酒に溺れて次第に残虐になっていく様子が描かれている。

なぜポーは「狂気」の描写がここまで克明なのだろうか。ポー自身もアルコール依存症に悩まされ、時として暴力的な面を見せることがあったというが、作家自身の暗部が作品にも投影されているのかもしれない。

実際、生前のポーは人格的には評判が悪く、十分な評価を得ることはできなかった。当時は異端の作家だったポーだが、現代では普遍的な魅力を持った作品を残した小説家と認識されているのである。

おわりに

ここまでエドガー・アラン・ポーの代表的な短編小説について紹介してきたが、ぜひ興味を持った方は実際に読んでみてほしい。

ポーの短編小説は、多くの出版社から文庫本として入手することができるがちなみに光文社古典新訳文庫版は、Kindle Unlimitedという定額読み放題サービスで読めるので、こちらも合わせてお薦めしておきたい(記事投稿日時点)。

Kindle Unlimitedは他にもいろいろな古典的名作を読むことができるサービスである(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。 KindleはスマホやPCのアプリでも読むことができるので、体験したことがない方は一度試してみてはいかがだろうか。

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