オーウェル『1984年』あらすじ・考察ー「二重思考」の恐ろしさと警句

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20世紀に書かれた最高のイギリス文学は? というランキングで、たいてい1位に君臨するのが、このジョージ・オーウェル『一九八四年』である。

この作品は、いわゆる「ディストピア小説」である。その後のディストピア小説に大きな影響を与えたのはもちろん、政治思想にも大きな影響を与えている小説である。

今回は、この小説の示唆するところを考えてみたい。

一九八四年 (ハヤカワepi文庫)

『1984年』の舞台・あらすじ

最初に一応、『1984年』の作品の舞台と設定を紹介し、軽くあらすじを書いておこう。

この作品は、いわゆる「ディストピア小説」に属す。そうであるから、舞台は次のような世界である。

舞台は核戦争後の1983年か1984年。

(正確な西暦はよくわからない)

世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割され、3国は常に敵味方を変えながら戦争している。

作品の舞台はオセアニアのロンドン。(オセアニアの版図は、イギリス・南北アメリカ大陸・オーストラリア・南アフリカ)

オセアニアでは「イングソック」というイデオロギーに基づいて、「ビッグ・ブラザー」率いる党の一党独裁が行われている。

オセアニアでは市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる監視カメラを兼ねたテレビやマイクによってほぼすべての行動が当局によって監視されている。

このような舞台で、主人公ウィンストン・スミスは「真理省」(ミニ・トゥルー)の役人として過去の記録である新聞記事などのの改竄作業を仕事としている

誰もが党の押し付ける嘘を受け入れることになればーーすべての記録が同じ作り話を記すことになればーーその嘘は歴史へと移行し、真実になってしまう。

だが、彼はふと、党の教義に疑いを持つ。

そして、同じような疑いを持つジュリアと運命的に出会い、惹かれあっていくのだが…… というのがあらすじである。


 

ディストピア世界の諸原理

この作品は、あらすじとしては「つまらない」「面白くない」かもしれない。結末は、普通に読めばバッドエンドである。

主人公たちが洗脳されて終わる、ただそれだけの物語かもしれない(もっとも、のちにこの政体は打倒されることが示唆されるのだが、そのレトリックの詳細は伏せておこう)。それにラブストーリーとしても陳腐だ。

だが、本書を「最高傑作」たらしめているものは、本のプロットではない。そこに示されたイデオロギーなのである

本書が提示するテーゼはいくつかあるが、言葉として有名なものは以下の3つであろう。

ビッグ・ブラザー

この世界は、ビッグ・ブラザー率いる党による一党独裁(実際は、党が擬人化されたものが「ビッグ・ブラザー」)である。そして、その党の支配体系は「イングソック」と呼ばれる。

イングソックという言葉の表す範囲は不明瞭だが、党によるすべてのテーゼが「イングソック」である。(監視社会、身分制、党の哲学etc…)

「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」

Big Brother is Watching You

という、テレスクリーンでの監視を表すフレーズは有名である。

ニュースピーク

党が従来の言語から置き換えようとしている新しい言語のこと。

非常に語彙が少なくなっており、この言語を母語として生まれたものは完全に党に対して敵対的な思考をすることができなくなるとされていた。

たとえば、「批判」という言葉がなければ「批判する」ということもできないだろう、といった具合である。

言葉自体を統制することで思考を統制するという考えは、「確かにそうかもしれない」と思わせる怖さがある。

でも、さすがに実際にそのようなことは起きないだろう――と思った方には、「言葉を省略する」ということは、「言葉の怖さを減らす」という効果がある、という点から、この考えの現実性を考えてもらいたい。

たとえば主人公が働く「真理省」というのはニュースピークでは「ミニトゥルー」(Mini True)と呼ばれている。普通の英語なら「Ministry of True」となるはずだが、ニュースピークではこのように略されているのである。

後述のように「真理省」は、実は文書の改竄などを行っている「非常に怖い存在」であるのだが、「ミニトゥルー」と呼ばれると怖さがなくなっているように思えないだろうか。

機関の名前を略称で通すというのはナチスがよく用いた手段であり(そもそもナチス自体を表すNazi、NSDAP自体も略称である)、人々は略称のせいもあって無自覚的に独裁政治を受け入れてしまったという節はあったのではないかと思う。

この作品で提示されるニュースピーク都いう概念からは、私たちも聞こえのいいスローガンや略称などには注意する必要があるということを自覚的になる必要があるのではないか、と考えさせる。

二重思考

最後に、二重思考について述べよう。

「二重思考」という概念こそが、この作品を傑作たらしめ、今なお社会に大きな影響を及ぼしている理由なのではないかと思う。「二重思考」こそがイングソックの核心である。

この説明を本書中の解説から引用してみよう

二重思考とは、ふたつの相矛盾する信念を同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいう。

党は、自らの無謬性を保つために、歴史の改変を行うことに加え、人々にはこの手法を習得させる。

そして、党が矛盾した行いをしたとしても、それはどちらも正しいと人々は認識するようになるのである。

「二重思考」の最も象徴的なフレーズは、「2+2=5」であろう。

人々は、党が2+2=5だといえば、それを信じる。それが二重思考なのである。

二重思考を信じる「馬鹿」になるな

さて、唐突だが、二重思考の似たような話は、中国の故事にもある。

「馬鹿」という言葉がある。言うまでもなく、あの「バカ」である。「バカの壁」とかの。

この言葉の語源の一つとされているのは、「指鹿為馬」(鹿を指して馬と為す)という故事である。こんな話である。

中国秦の時代、権勢をふるった趙高(平家物語の序文に出てくるアイツ)は、群臣が自分に従うかを試すため、鹿を皇帝(始皇帝の息子・二世皇帝胡亥)に献上してこういった。

「馬です」と。

群臣は、中には「これは鹿だ」というものもいたが、趙高の権勢に押し黙ってしまうものも多かった。

しかし、趙高は、この時に鹿だといった者を粛清したのである。

趙高は、鹿を馬とする「二重思考」をさせることに成功したのである。

そして、一説には、それを信じ込んでしまうような人々を後世の人は「馬鹿」と呼ぶようになったのである

▼趙高は漫画『キングダム』にも登場する。(序盤には登場しないが)

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▼「指馬為鹿」の出典は、『史記 秦始皇本記』。興味があったら、ぜひ読んでみていただきたい。

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……閑話休題。

結局、生き延びるためには趙高に従う(=二重思考を受け入れる)しかなかったのではないか? 二重思考を受け入れるのは、正しかったのではないか?

そうこの話を聞いて思う方もいるかもしれない。

だが、現代社会を生きる我々は、そのレベルに達す前に権力者を監視する必要があるのではないかと思う。

二重思考の原理によれば、

相容れない矛盾を両立させることによってのみ、権力は無限に保持される

という。

この言葉は、現代を生きる我々も、胸の奥にとどめておかなくてはならない言葉なのではないだろうか

――権力が矛盾した行動を起こしてはいないだろうか――これを考える必要がある。

二重思考やニュースピーク、イングそっくという概念を考えたオーウェルは紛れもなく天才である。

そこには「不思議な現実味」があるから、怖いのである。

私たちは、現実世界で二重思考を信じ込まされるような、あるいは矛盾を両立させる権力者をのさばらせてしまうような「馬鹿」になってはいけない。

『1984年』によれば、権力への志向はとどまることを知らない――権力は、放っておけば無限の権力を求めるようになるのだから。

おわりに

本書(早川文庫版)のあとがきには、訳者によってこんなエピソードが紹介されている。

読んでいないのに、見栄によるのか礼儀によるのか、読んだふりをしてしまうという経験は万国共通らしく、英国でもかなりの人が身に覚えがある、と拷問にかけられなくとも告白しているらしい。

しかも英国での「読んだふり本」第一位がオーウェルの『1984年』だというのである。

「ビッグ・ブラザー」「ニュースピーク」「二重思考」などの言葉の説明を読めば、確かにこの本を読んだ気になることはできし、本のエッセンスは理解できる

だが、実際に原著を読まないと、その真実味は感じられないのではないかと思う。

オーウェルが本当に伝えたかった警句は何なのかを考えることは、原著を読まなければ不可能だろう。

ぜひ多くの人に『一九八四年』を読んでみてほしいと思う。

一九八四年 (ハヤカワepi文庫)

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一九八四年

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『1984』は、カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』などにも影響を与えているのではないかと思う(ボコノン教の部分)。

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