【『推しの子』最終回】星野アクア死亡エンドは避けられなかったのか《感想・考察》

推しの子

『推しの子』が、昨日完結した。

その評判について客観的に書き残すと、SNS上では、「最終回で失速した」など、かなり炎上気味になっている。実際、なぜアクアとルビーが転生できたのか、ツクヨミの正体など、最終回を読んでも明かされなかった要素や伏線が多い点は個人的にも少し残念ではあり、そうした点が「投げやりな最終回に思えた」という感想=炎上につながっているのだと思う。

ただ原作者の赤坂アカ先生によると、

雑誌の連載はここで完結ですが、単行本で18Pのおまけと、有馬と黒川の過去と未来を書いた小説が出ます。 あともう少しだけ付き合ってもいいよという方は、是非こちらも追ってもらえたら嬉しいです。

ということで、単行本のおまけ(注:実際にはおまけは24Pらしい)と、有馬かなと黒川あかねの過去と未来を書いたスピンオフ小説を読んでからでないと評価できない部分はあると思うが、ここでは『推しの子』の結末が果たして避けられないものだったのかについて、考察していきたい

最終回(第165話)の「炎上」についてもう少し踏み込むと、今回の炎上の原因は、これは週刊連載の都合上仕方ないのだが、『推しの子』という物語は第161話でアクアが死を選んだ時にすでに終わっていたにもかかわらず、読者がさらなる展開に期待を寄せてしまったことにある。

そこから最終話までの4話はエピローグで、展開上大きなことは起こらないのだが、読者の期待の裏返しで「炎上」してしまった。つまり、私がここで考える『推しの子』の最終回とは、基本的には果たしてアクアは死を選ばなくてはならなかったのかという点になる。

星野アクアという人物

ウソを宿命づけられた存在

アクアがなぜ死ななくてはいけなかったのかを考える際に、まずアクアという人物がどのような人物なのかを考えたい。

第一に言えるのは、アクアは嘘で塗り固められた人物であるということである。

生まれた時から、医者・ゴローの生まれ変わりであることを隠している=ウソをついている。同じ転生者であるルビーも転生者であるという素性を隠しているのだが、ルビーについて言えば積極的に嘘をついているのではなく、どうせ信じてもらえないから隠しているというのに近い。

だがアクアは、ルビーと違い、自分の転生者という立場を利用して目的を達成しようとする。ここがアクアとルビーの違いである。

嘘をつかないといけないというのはアクアの避けられない宿命であるのだが、アクアは目的のために嘘をつくことを厭わない。その目的とは、アイが死んでからは、誰がアイを殺したのか・誰が自分の血縁上の父親なのかという点になっていく。

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こうして物語が進むにつれてアクアは、嘘に塗り固められた人生に苦悩することになる。自分はゴローなのかアクアなのか、苦悩するシーンは象徴的だ。しかし、アクア(ゴロー)は結局この問題の答えを出すことはできなかった。

これが私は、最終回近くのアクアの内面が抱える最大の問題だったのではないかと思う。

ウソを本当にする能力

嘘を本当にすることは、通常はできない。嘘を本当にできるのは、本物のアイドルだけなのだ

だがアクアに、アイやルビーのようなアイドルの才能、黒川あかねのような演技の才能はない。アクアはなんでもそつなくこなすことができるが、「嘘の天才」ではないのだ。

このアクアが抱えた矛盾を解消する方法は、2つある。

一つは、死ぬこと。そしてもう一つは、これ以上嘘をつかずに生きるということ。しかし、今さらどうやって嘘をつかずに生きていくことができるのか。そしてアクアの嘘がなくなれば、双子の兄妹であるルビーのアイドルとしての神秘性も失われることになる。

この問題はいずれアクアに立ちふさがることになっていただろうが、カミキヒカルとの対決のせいで、アクアは早くもこの二択を強いられることになる。

アクアはルビーを守るために死ぬ。もちろん、ルビーを守りたいというのは本心である。しかし、本当は死にたくなかった。アクアは最期まで、自分の気持ちにも、嘘をつくことになってしまった。生まれてから死ぬまで「嘘の人生」から解放されることがなかったーーこれが星野アクアという人物の宿命だったのだ。

アイドルの光とカルマ

実際、アクアは本当に死ななければルビーを助けられなかったのかというと、少し違う。

アクアは、アイドルとしてのルビーを守るために命を落としたのである。ルビーの命だけ助けるのであれば、自分は殺人犯として生きていけばよいはずである(ルビーは殺人犯の妹として生きていくことになるが)。だが、アクアはそうしなかった。

なぜ、アクアは命を落としてまで「アイドル」としての星野ルビーを守ろうとしたのか。仮にルビーが現実世界の人間だとしたらこんなことは言えないが、アクアはアイドルとしてのルビーに狂わされたといえるだろう。

それほどまでに、ルビーのアイドルとしての才能は不世出のものだったのである。最終話で、ルビーは完全なアイの継承者になる。唯一無二のアイドルとして。

物語の途中まで、ルビーは嘘をつく人物ではなかった。しかしルビーは、アクアの死によって真に覚醒する。

ウソをつく役は、アイからアクアへ、そしてアクアからルビーへと継承されていく

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『推しの子』最終盤“炎上”の考察

B小町に新メンバーは必要だったのか

継承という点で言うと、最終回で「B小町」に新メンバーが登場したことについても反発する読者がいたが、これは物語の筋としては妥当なのではないかと思う。

星野アイという唯一無二のアイドルは、星野ルビーという娘に継承された。しかし、このアイドルの灯はルビーで終わりなのかというと、そうではない。

アイドルが登場し、表舞台から去り、そしてまた新たなアイドルが登場する。

カルマは未来永劫続いていくのだ。

第164話 有馬かなビンタ事件

なお、推しの子の最終話付近の「炎上」というと、第164話で有馬かながアクアの遺体にビンタをしたというシーンが、“炎上”したということもあった。

私にはなぜこのシーンが炎上したのかよくわからない。作中の有馬の行為が葬儀の場に相応しくない「非常識な行動」であることは間違いないが、物語の登場人物の非常識な行動を咎めるのは、個人的にはあまり適当でないと思う。

しかし「有馬かなビンタ事件」で起きた炎上から言えるのは、『推しの子』という作品は実際のプロデューサーのようにアイドルを作り出すことに成功したということである。

読者に「有馬かな派」「黒川あかね派」などの一派ができ、そのせいでキャラの扱いについて炎上が起きたのだ。私は、特定の人物を推すというマンガの楽しみ方は否定しないが、「有馬かなビンタ事件」で起きた炎上はやや異様に思えた。

実際のアイドルのように読者が思い、自分の思いを投影するから、それが上手くいかなかったときにアイドルで言うところの「運営」(つまりこの作品では作者)に不満が向かってしまったのだろう。

おわりに

「推しの子は“壮大な炎上実験”だった」というのは言い過ぎだし、作品にも作者にも大変失礼なことだが、ここまで炎上したというのは作品の力と人気あってのことである。そして『推しの子』の最大の魅力であり人気があったのは、絶妙な距離感のラブコメディであり、そのやりとりをずっと見ていたかったのは多くの読者の本心であろう。

だから、アクアの死という結末は炎上することになってしまった。しかし、やはりこう考えるとこのエンディングを避けることはできなかったのだのだろう。

アクアとルビーという兄妹は、母であるアイから

・最期まで「嘘」から解放されることのないアクアの宿命
・命をかけてでも守りたくなってしまうルビーのアイドルとしての才能

という因果も継承してしまったのだから。