『1984年』角川文庫

戦争はなぜなくならないのか? オーウェルが『1984』で出した答え

ジョージ・オーウェルの『1984』といえば、現代の監視社会などを予言した小説として有名である。

私は5年前に、このブログで『1984』について書いたことがある。その時、私がオーウェルが『1984』の中で提示した概念の中で、最も現代性があると感じたのが「二重思考」や「ニュースピーク」という概念だった。

しかし5年前にはあまり実感が湧かなかったが、時が経つのは早いもので、いま改めて『1984』を読むと、別の部分でもオーウェルの先見性には驚かされる。

その一つが『1984』の中で描かれた、なぜ戦争がなくならないのかという問いに対するオーウェルの答えである。

『1984』の世界の中で、主人公たちが暮らす国は、つねに戦争状態にある。それはなぜなのか。この記事では、オーウェルが『1984』で描いた「戦争がなくならない理由」について解説していきたい。

『1984年』角川文庫

『1984』における戦争

『1984』あらすじ・舞台設定

はじめに、『1984』のあらすじと舞台設定について簡単に紹介したい。

物語の舞台は核戦争後の世界。オセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されており、3国は常に敵味方を変えながら戦争状態にある

作品の舞台は、現実世界のイギリス・南北アメリカ大陸・オーストラリア・南アフリカを版図とする「オセアニア」のロンドンである。

この国では「ビッグ・ブラザー」率いる党の一党独裁が行われており、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる監視カメラを兼ねたテレビやマイクによってほぼすべての行動が当局によって監視されている。

主人公ウィンストン・スミスは「真理省」の役人として過去の記録である新聞記事などの改竄作業を仕事としているが、次第に疑問を覚えていく。

この記事では『1984』という小説のあらすじについてはこれくらいにして、オーウェルが本作品で描いた「戦争」についてフォーカスしていきたい。

主人公ウィンストン・スミスの運命がどうなるのかは、ぜひ小説を読んで確かめてほしい。『1984』という小説は現代のSFやディストピア小説にも大きな影響を与えている小説であり、まだ読んだことがない方が読めばきっと何か発見があるはずである。

『1984』で戦争はどう描かれるか

この記事の本題に戻り、『1984』という作品における戦争について、もう少し詳しく説明したい。

オセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの大国は、なぜ常に戦争状態にあるのか。3国の国力は拮抗しており、どこかの国が他の国を打ち負かすことはできない。それなのに戦争がなくならないのは、戦争それ自体が目的となっているからである。

戦争の敵は定期的に変わる。市民たちは、オセアニア、ユーラシア、イースタシアのどの国がどの国と手を組んで、どの国とどの国が戦っているのかを、もはやわかっていない。

しかし、人々は二重思考によって(つまり、矛盾した状態を矛盾しないものとして受け取るよう、権力者に訓練されていることによって)、この変化についても特に矛盾しないものとして受け容れるのである。

戦争はなぜなくならないのか

戦争の動機

では、なぜ戦争はなくならないのか。

その動機として、オーウェルが『1984』で最も鋭く指摘しているのは、権力者の権力への欲望は決して満たされることがないという事実である。

作中には、こんなセリフがある。

「党が権力を求めるのは、ひたすら権力を欲するからだ。我々は他者の利益などに関心はない。関心があるのは、ただ権力のみなのだ。富も、贅沢も、長寿も無用。ただ権力、純粋な権力のみなのだよ」

この言葉は、正直なところ、私が『1984』を最初に読んだとき、そして大学生の頃に再読した時にはあまりピンとこなかった。

もし私が大人になったとして、十分な富や自由があれば権力は欲さないだろうと思っていたし、「権力」というものを絶対視することは、果たして人間の本質を的確に捉えているのか疑問に思っていたのである。

しかし、社会人になったり、昨今の政治情勢を見たりすると、やはりオーウェルが唱えた権力者の権力への欲望は無限であるというテーゼは正しいと言わざるを得ないだろう。もちろん、ジョージ・ワシントンのようにさっぱりと権力を手放す権力者も歴史上多いが、権力の座に固執し任期を撤廃する人間は、現代の国際情勢を見てもすぐに何人も例を挙げることができる。

戦争の真の目的

では、権力への欲望と、戦争にはどのような関連性があるのか。それは戦争が権力構造の維持につながるからである。

『1984』の作中には、作中世界の超大国による支配構造などを解説した「ゴールドスタインの書」と呼ばれる本が登場する(この本は誰が書いたのかという謎については、この小説を読んでみてほしい)。

そこには、このようなことが書かれている。

戦争は消費財の余剰を使い尽くし、ヒエラルキー的社会が必要とする特殊な心理的状態を維持してくれるからだ。

いずれ明らかになるだろうが、現代の戦争とは、純粋な内政問題なのである。過去において、あらゆる国家の支配集団は自分たちに共通する利益を認識し、それゆえに戦争による破壊行為の制限はしても互いに殺し合い、勝者は必ず敗者から略奪した。

だが我々の生きる現代、国々は互いの国と戦うことなどまったくしていない。戦争とは、各国の支配集団が自国の民衆を相手に行うものであり、その目的は領土を侵略したり侵略を防いだりすることではなく、社会構造を無傷のまま保つことだ。

(『1984』角川文庫)

戦争は物資の浪費により、人々が政治に関心を向ける余裕を奪う。そして常に外敵の脅威があることで、恐怖の維持によって人々は政府への批判よりも安全を求めるようになり、政府の権力は絶対化する。

そして戦時下は、戦争を理由に、監視や検閲、自由の制限が正当化され、また階級制度も固定化される。

現実世界への示唆

『1984』の世界で権力者たちは、自分たちの地位を永続化するために、意図的に戦争状態を維持しているのである。そして、彼らは外国を打ち負かすことを目的としているのではなく、「内政の問題」として戦争を利用しているのである。

現実の世界に目を向けても、戦争指導者たちはもはや、国内で自身の政権を維持することを目的に戦争を継続しているとしか思えない場面も増えてきた。

人間の権力への欲望は無限である。だから私たち一般庶民は、権力者を監視し、権力を制限するシステムを守っていく必要があるのである。

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おわりに

オーウェルが『1984』で描いた戦争のメカニズムは、初版から70年以上が経った現在でも、その洞察力を失っていない。

この『1984』で描かれたディストピアの結末はどのようなものなのかーー興味を持った方は、ぜひ読んでみてほしい。

『1984』はいくつかの出版社から出ているが、この角川文庫版はKindle Unlimitedという定額読み放題サービスでも読めるので(記事投稿日時点)、こちらのサービスも合わせてお薦めしておきたい(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。

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