『ふつうの軽音部』はなぜ面白いのか 青春のビートを聞け!

いま私が読んでいる連載中のマンガの中で、圧倒的に面白いと思うのは『ふつうの軽音部』(原作:クワハリ、漫画:出内テツオ 『少年ジャンプ+』掲載)である。

この記事を書いているのは第70回が終わった時点だが、このマンガには毎回感動させられている。

なぜ『ふつうの軽音部』は面白いのか。それは、このマンガを言い表すとしたら(コピーライティングとしては失格だが)「ふつうだが、ふつうでないマンガ」だと言えるからだろう。

ここからは、『ふつうの軽音部』をこれから読み始めようと思っている人に向け、なぜこのマンガが面白いのかを紹介しつつ、このマンガをすでに読んでいる人に向けては私がなぜこのマンガを面白いと思っているのかを伝えられたらと思う。

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「ふつうの軽音部」とはどのようなマンガか

まずはじめに、『ふつうの軽音部』というマンガがどのようなマンガかを紹介したい。

物語の舞台は、大阪の普通科高校(おそらく)である。学校名は谷九高校といい、谷九は実在の地名だが、あくまで架空の高校である。学力も「ふつう」よりはちょっと上な印象も受けるが、とびぬけた進学校というわけではないし(進学する生徒は多そうだが、大学に進学しない人も珍しくなさそうである)、とびぬけて落ちこぼれの生徒が集まる学校というわけでも決してない。

主人公は鳩野ちひろという高校1年生の女子生徒。彼女は父の影響で「ちょっと渋めの邦ロック」(andymori、ナンバーガール、銀杏BOYZなど)を愛するようになり、高校入学を機にギターを始める。

▼ちなみに「ハトノ」のアクセントについてはこちら。

ちひろの両親は離婚済で、ちひろは母と母の地元である大阪に、父は川崎に住んでいる。ちひろも中学の途中までは川崎に住んでいた。父は良い親ではあるのだろうが、ダメ男感もあふれでており……今後の活躍を期待したい登場人物である。

物語は、そんな彼女が念願の軽音部に入部することから物語が始まる。

流されていく主人公の普通さ

多少ネタバレになってしまう部分はあるが、『ふつうの軽音部』のあらすじに触れつつ、その面白さを紹介していきたい。

ふつうの少年漫画であれば、物語の最初のハイライトは「仲間集め」になると思うが、『ふつうの軽音部』もセオリー通り「バンドメンバー集め」からスタートする。

『ふつうの軽音部』もバンドメンバー集めの部分で、物語にぐっと引き込まれるのだが、この作品の「バンドメンバー集め」は「ふつうだが、ふつうでない」のだ。

主人公・鳩野ちひろは、軽音部に入ってバンドを組むことになるが、少年漫画の主人公のように「理想のメンバー」を集めることなどできずにどんどん流されていく。そして「どう考えても高校3年間を一緒に過ごせるとは思えない」メンバーと一旦バンドを組むことになる。

『ふつうの軽音部』第1巻56ページより。記念すべきバンド結成なのにハトノは困惑顔だ……

なりゆきで適当なメンバーとバンドを組むことになるのは、ものすごく「普通」である。だが、そんな「なりゆきで最初の仲間が決まってしまう少年漫画」なんて、「普通」ではないだろう。そんなリアルさと独特のゆるい世界観、しかしこれから何かが起きそうだという期待感、それらが複雑に混じりあって、『ふつうの軽音部』という作品ができていると思う。

『ふつうの軽音部』は、「平凡」を描くことによって「非凡」な作品になっているのだ

ちなみに、もともと『ふつうの軽音部』はジャンプルーキー!で掲載されていて(そのころはクワハリ先生が自ら作画していた)、物語序盤は一度ブラッシュアップされているということもあり、特にクオリティが高いと思う。

ぜひ、『ふつうの軽音部』に興味がある方は、まずは第1巻を読んでみてほしいと思う。(2巻以降も面白いよ!)

そして、ここで紹介したあらすじからもお分かりいただけると思うが、主人公の鳩野ちひろは、ものすごく「ふつう」である。しかし、物語が進むにつれて「ふつうでない」側面も出て来るようになる。物語中、最も「ふつうだが、ふつうでない」人物は主人公の鳩野ちひろであり、それこそが鳩野ちひろがこの作品の主人公であるゆえんなのだ。

こんな人に『ふつうの軽音部』をおすすめしたい

また少し話が逸れるが、音楽好きの人はこの作品をきっと楽しめると思うので読んでほしい。ちなみにこの記事を書いている私は邦ロックではなく洋ロックのファンなので、アメリカのバンドWeezer(ウィーザー)のアルバムジャケットのオマージュが結構嬉しかった(ちなみに、洋楽なのにもかかわらずWeezerのオマージュがあるのは、このバンドが日本のとあるロックバンドの曲の歌詞で引用されているからだろう。気になる方は作品を読んでみてください)。

Weezerの通称「ブルーアルバム」のポーズをとっている4人

また『ふつうの軽音部』は青春マンガとしても楽しめるし、そして(とある人物が)部活動内の人間関係を操作する「謀略モノ」としても楽しむことができる。物語に登場する各人物に深いストーリーがあるので、本当にいろいろな人が楽しめる作品だと思う。

『ふつうの軽音部』は、(特にハロウィンライブ編以降で)登場人物の過去がどんどん掘り下げられていくが、それぞれに物語がある。

そして物語が進むにつれて、それぞれの登場人物への共感が可能になっていく点も、このマンガの非常に面白いところである。

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『ふつうの軽音部』はなぜ面白いのか

ここまでも『ふつうの軽音部』の面白さを書いてきたが、ここで『ふつうの軽音部』はなぜ面白いのかを、週刊少年ジャンプの「三大原則」にあてはめて考えてみたい。

『ふつうの軽音部』と「友情・努力・勝利」

『ふつうの軽音部』の掲載媒体はジャンプ+だが、週刊少年ジャンプの三大原則と言えば「友情・努力・勝利」である

面白い少年漫画にはこの3つの要素が必要であり、ジャンプの連載を目指す漫画家たちは、多くがこの三大原則を意識しているといわれる。

 

「ふつうの少年漫画」とは明らかに一線を画している『ふつうの軽音部』だが、この「友情・努力・勝利」という軸で考えた場合、結論からいえば、「このマンガはジャンプの三大原則をある種再解釈した作品であるといえると思う。

友情は、このマンガに明らかに含まれている要素なので、特にここでは書かない。ただ、あえて言うのであれば、友情があれば喧嘩もあり、失恋も恋愛もあり(異性愛もあれば同性愛もあり、アロマンティックもあると思われる)、そういった現実世界にあるような「ふつう」な人間関係を描いている点でこの作品は非凡である。

努力も、このマンガには”修行パート”が存在しているように、これも明らかに含んでいるといえるだろう。

では、その友情と努力によって、どのような勝利を目指すのか。この「勝利」というものが、このマンガの最大の特徴である。

何が「勝利」なのか

このマンガは「軽音マンガ」だが、音楽マンガではなく、「軽音部マンガ」であることに特徴がある。

あくまで部活動のマンガであり、運動部と違ってインターハイなどの大会はないので、(今後他行との交流も描かれるだろうが)基本的には一つの学校の中での活動が描かれる。

そして、登場人物たちに一つの目標があるわけではない。登場人物それぞれには、それぞれの目標がある。そしてその目標も、好きな人と付き合いたいとか、一緒にバンドを組みたい人と好きな音楽を奏でるとか、日常の平凡な目標である。

作者の言葉を借りてしまうと、「目の前の争い」といえるだろう。

私はクワハリ先生のこの言葉がすごく好きで、長くなってしまうが引用させていただく(※太字は筆者による)。

『ふつうの軽音部』で描きたいのは、「しょぼい何かに熱中することの良さ」なんです。メジャーデビューするとか世界一のバンドになるとか、そういう大きな何かではなくて、「学校で一番のバンドになる」みたいな目の前の争いにも価値がある、と僕は思うんです。最近よく「昔は『この学校で一番絵が上手い』と思っていられたけど、今はネットで本当に上手い人の絵が流れてくるから、簡単には調子に乗れないよね」みたいなことが言われますよね。でも僕は、そうやって俯瞰的に物事を見る冷めた感じというか、ちょっとバカにする感じは良くないなと思っていて……そういった風潮への反骨精神みたいなものがあるんですよ。「学校で一番絵が上手いんだ!」みたいな自負で、校内で切磋琢磨するのもすごくいいことだなと。それがこのマンガのテーマのひとつですね。

出典:「ルーキーなら、これぐらいの画力でも載せていいかなと思って」『ふつうの軽音部』原作・クワハリ先生の【絵が苦手】だからこそ開けた漫画道

このマンガを読んでいる私たちの多くは、全国大会に出場したり、何かのプロになったりという人生を夢見たことがある人は多いかもしれないが、実際にそういった夢を成し遂げられた人は決して多くないだろう。

だが、そういった華々しい成果を成し遂げられなかった人生に意味がないなんてことは絶対にない。私たちの日常に潜んでいる、ささやかな「勝利」にも、本来それと同等の価値があるのである。そして、作中の登場人物のささやかな「勝利」を『ふつうの軽音部』という作品は丁寧に掬いあげている

そして、ささやかな「勝利」を描くことにより、『ふつうの軽音部』という作品は、私たちの人生を肯定してくれる。この作品が多くの人を惹きつける理由は、そこにあるのかもしれない。

 

一方、この物語の構造について考えて場合、この作品の主人公・鳩野ちひろにとっての「勝利」が何なのかは、よくわからないところである。

サブキャラクターたちの「勝利」は70話までのあいだで結構描かれているが、主要な登場人物の「勝利」は、何なのか明らかにされていない。

『ふつうの軽音部』第3巻71ページより

『ふつうの軽音部』では、特に主人公の鳩野ちひろの場合は、「なぜ軽音をするのか」という答えを見つけることこそが勝利なのだろう

先述した通り、鳩野ちひろは作中で最も「ふつうだが、ふつうでない人物」である。そんな人物の目的が何なのかが明らかになる過程が、この作品の面白い部分のひとつである。

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おわりに

先述した通り、このマンガの面白さは「ふつうだが、ふつうでない」ところにある。

そして、軽音マンガでありながら、メジャーデビューなどの目標を目指すのでなく、バンドを一緒に組みたい人とバンドを組んだり、ただ学園祭を盛り上げたかったり、そういった目の前の学校生活での「平凡な勝利」を目指すというマンガである点に最大の特徴がある。

平凡な日常を描くがゆえに、非凡な作品になっているのだ。

 

これから『ふつうの軽音部』がどのようなストーリーになっていくのかはわからないが、主人公の鳩野ちひろをはじめとした登場人物たちが、どのような高校生活をこれから送っていくのか楽しみにしたい。

▼単行本はおまけおまけページもあるので、ジャンプラだけで読んでいる人もぜひ。

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