あだち充の最高傑作が『H2』である理由

あだち充の最高傑作は何か? という問いには、三者三様の答えがあると思うが、私は断然『H2』を推したい。

 

色々と理由はあるが、やはり『H2』は、あだち充作品のエッセンスを凝縮した作品だから、というのが理由に尽きるだろう。

 

ここでは、極力ネタバレなしで「H2」の魅力について語っていきたい。

ネタバレを含む考察についてはこちらなどで行っている。

あだち充のエッセンスを凝縮した『H2』

あだち充という漫画家は、しばしば絵とストーリーがワンパターンと評されることが多い。

絵については、たしかにほとんどの作品で登場人物の顔は酷似しているのだが、一つの作品の中での書き分けは完璧にできている

たしかに複数の作品にまたがってみれば、あだち充作品のキャラクターはワンパターンなのだが、これはまったく問題ないことは強調しておきたい。

あだち充は画力も高く、万人受けする絵柄だと思う。あだち充の絵が好きなら、ぜひ全作品(といわないまでも、主要作品)を読破してみてほしい。

 

若干話が逸れたが、あだち作品のストーリーがワンパターンと言われるのは、次の要素が作品の中核をなすことが多いからである。

  1. 野球(ないし別のスポーツ)とラブストーリーの青春漫画
  2. 幼馴染が絡む
  3. 三角関係
  4. 「ロミオとジュリエット」的な禁じられた関係
  5. 近親者の死ないし生命の危機

そしてH2も例にもれず以上の要素を満たしている。

 

1.については、H2はまさにその通りである。野球をテーマにした青春漫画だ。

2.については、主人公の国見比呂と、ヒロインの一人雨宮ひかりの関係がこれにあたる。

3.については、『H2』のタイトルの由来が「2ヒーロー2ヒロイン」であることからも予感できるだろう。

4.は、『ラフ』がまさに「ロミオとジュリエット」要素を持ったラブコメディであり、あだち作品がいわゆるロミジュリ的展開の影響下にあることを示すものである。他にも禁じられた関係としては、『じんべえ』の義理の親子関係、『みゆき』の義兄妹関係が挙げられる。(H2ではあまりこの要素はないけれど)

5.『タッチ』の和也の死や、『ラフ』の中西の交通事故、『クロスゲーム』の若葉の死などである。 ネタバレになるのでH2での詳細は秘しておこう。

 

――ここまで書いたように、多くのあだち充作品に含まれる要素が、以上の5つである。

このようにあだち充作品は確かにワンパターンかもしれない。

しかし、以上の要素は、あだち充が面白いと思って何度も書いているものなのである。逆に、以上の要素を含むようなマンガを描かせて、あだち充の右に出る者はいないのである。

 

そのようなあだち充のエッセンスが詰まっているのが、『H2』という作品である。

そして、その中でも洗練された作品であるからこそ、私は『H2』こそがあだち充の最高傑作だと考えているのである(次点で『ラフ』。これについてはまたのちほど)。

以下では、私がどのような点で『H2』が洗練されていて、あだち充の最高傑作と考えているかを述べていきたい。

「2ヒーロー、2ヒロイン」

先ほど『H2』の由来が「2ヒーロー2ヒロイン」であることを紹介してしまったが、主要登場人物について一応紹介しておこう。

H2〔文庫版〕  1 (小学館文庫 あI 61)

【上画像】国見比呂(主人公。千川高校野球部、投手。中学は英雄とひかりと同じ)

H2〔文庫版〕  3 (小学館文庫 あI 63)

【上画像】橘英雄(比呂の中学時代からの親友。明和一高野球部、三塁手。中学時代からひかりと交際)

H2〔文庫版〕  2 (小学館文庫 あI 62)

【上画像】古賀春華(千川高校マネージャー)

H2〔文庫版〕  4 (小学館文庫 あI 64)

【上画像】雨宮ひかり(比呂の幼馴染。明和一高に通学。中学時代から英雄と交際)

 

以上が、2人のヒーローとヒロインである。画像を挟みややわかりにくかったと思うのでもう一度文字のみでまとめると、以下のようになる。

  • 国見比呂(主人公。千川高校野球部、投手。中学は英雄とひかりと同じ)
  • 橘英雄(比呂の中学時代からの親友。明和一高野球部、三塁手。中学時代からひかりと交際)
  • 古賀春華(千川高校マネージャー。比呂に好意…?)
  • 雨宮ひかり(比呂の幼馴染。明和一高に通学。中学時代から英雄と交際)

この説明だけを見ると、「ひかりー英雄」の関係性は確定していて、あとは比呂と春華のラブコメ展開を待つのみでは…? と思うかもしれないが、そう簡単にはいかないのが世の常(ラブコメの常?)である。

 

メインヒロインは春華なのか、ひかりなのか。ややもすればどろどろとした関係になりそうな関係を、青春の物語としてさわやかに描き切っているのがこの作品の第一の魅力なのである。

そのさわやかさの理由は、比呂と英雄の親友かつライバルという関係にあるだろう。

 

 

比呂と英雄のライバル関係

主人公の比呂は英雄と中学時代からの親友である。高校は別々に進学し、野球でのライバル関係となった。

彼らの高校は地区が違うため、甲子園で対決することになる。地区が違うというのはおそらく後付けの設定だろうが、この二人の甲子園での対決を可能にさせたのはストーリー編成上の名采配であろう。

 

この「親友かつライバル」という構図は前述の通りこの作品の魅力なのであるが、実はこのようなキャラクターの配置は他のあだち充作品には少ない。

これが、「主人公が2人」のゆえんである。

 

そして、そのライバル関係は野球以外でも、というストーリーが中盤以降の肝となっていくのである。

熱いサブキャラクターたち

『H2』の次なる魅力は、まさにサブキャラクターの充実度合いである。

野球に関するサブキャラクターの充実度合いは他のあだち充マンガの一歩上を行く(なお、私が『ラフ』を次点で推したのも、サブキャラクターの充実によるところが大きい)。

 

主人公・比呂の千川高校には、比呂の相棒である捕手の野田に加え、柳・佐川の二遊間に加え、センターの木根、レフトの島、ライト(ファースト)の大竹とクセもあるが魅力的な人材がそろっている。

 

あだち充といえば一番有名なのは『タッチ』であるが、『タッチ』の明青高校野球部は、上杉和也のほかには印象に残る人材は松平くらいのものである。松平の次に思い出せるのは、ヒョロガリの後輩・佐々木くらいなのではないか(主人公たちに先立って卒業してしまう先輩の黒木を除いて)。

『タッチ』は歴史に残る名作であるのは間違いないが、その点、少年漫画的・野球漫画的要素は恐ろしいほど少ないのである。

H2 11 優勝してこい (My First WIDE)

【上画像】千川高校野球部。後列は左から木根、比呂、野田、柳。比呂の学年で千川高校野球部を担っているのは彼らである。

 

サブキャラクターが充実していて良い点は、試合展開に感情移入がしやすいことである。あだち充マンガでの試合はストーリーの主役ではないことが多いものの、H2の試合内容の緊張感と面白さは彼らの存在のおかげである。

サブキャラクター全員が十分に出番を与えられているかというとそうではないが、この中でも木根の存在は『H2』の魅力の一つであると思っている。

 

他のサブキャラクターとしても、個人的には明和第一の監督がいい味を出していると思う。

ストーリー展開の面白さと巧みさ

登場人物の魅力も一つだが、ストーリー展開だってもちろん魅力的である。

「ゼロ」からのスタート

序盤の盛り上がりどころである、野球部創設劇にこのマンガの面白さの一つは集約されている。 実は、主人公・比呂の通う千川高校には、野球部がないのである。しかし「野球愛好会」は存在していた。

これをいかに「野球部」に格上げするか、立ちはだかる障壁を乗り越えていくのがストーリー序盤の最大目標である。

この「ゼロからのスタート」は、タッチの上杉達也も同様であるが、序盤の苦労はストーリーの王道であり、そのおかげでストーリー終盤の感動も増すのである。

優れた心理描写

そして、これはH2に限ったものでなく、あだち充という漫画家の特徴であるが、心理描写は独特で巧みである。

しばしば評論されるように、背景のみでストーリーを語らせることに関しては彼の右に出る者はいない。

 

しかし、あだち充は台詞の中に多くを含意させるのにも優れている作家でもある。

 

私が「H2」で一番好きなコマの一つは、次の台詞のあるコマだ。

デートをしていたひかりと英雄が、ロードワーク中に休憩に入った比呂と春華と鉢合わせした時に流れていたBGMを暗示する台詞だ。

「レベッカのフレンズ」

レベッカの「フレンズ」がどのような曲かは今の若い人の間では常識ではないかもしれないので説明をしておくと、初めてできたボーイフレンドとのファーストキスの曲である。そして、

「二度と戻れない Oh フレンズ」

というサビがなんといっても有名だろう。

 

他のあだち充マンガに通底するものであるが、H2の甘く切ない心情にレベッカの「フレンズ」はマッチしている。

何気ない会話の中で、そのコマのBGMがなんなのか、そしてそれが何を暗示するのかを表すようなセリフをさらっと挿入できるのがあだち充の「凄さ」なのである。

結末の余韻

ネタバレはここではしないのでご安心を。

 

あだち充のマンガは、結末の描写が意図的に省略されているものが多い。

H2も、その結末にくどい説明はない。「わかりにくい」という意見もあるだろうが、ある程度解釈と議論の余地を残しているのが文学作品としての良さだと思うのである。結末は一意に解釈することはできないが、考察するための十分なピースは残されている。

自分で考察するのも、このマンガを読む楽しみではないか。

 

(余談だが、同じくあだち充作品の「スローステップ」は、結末こそわかるものの、そこに至るまでの過程に考察するほどの余地はなく妄想するしかない。「みゆき」も少し分かりにくいが……)

おわりに

長々と書いてきたが、あだち充マンガはどれも素晴らしい。

しかし、その中でも少年マンガ・野球マンガ(スポーツ漫画)という基準で見た場合、あだち充の最高傑作は『H2』で間違いないのではないかと思う。

 

「H2」は最高のマンガです。

H2 文庫版 コミック 全20巻完結セット (小学館文庫)

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  • 作者:あだち 充
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2011/03/01
  • メディア: 文庫
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