私の中学時代の読書体験の80%は星新一で出来ていると言ってよい。
しかし、中学から高校に入ると、私は星新一を「卒業」してしまった。
それは、一つには星新一作品をほぼ読みつくしたからであるが、もう一つには高校生になって星新一を読んでいるのはダサいんじゃないかという思いがあった。
だが、私は今では、星新一を読むことは幼稚だと全く思わない。
今ではむしろ、大人にこそ星新一作品を読んでほしいと思っている。今回は、その理由を書いてみたい。
大人にこそ星新一作品を薦めたい理由
成人してから星新一作品を読み返してみると、中学生時代とは違った気づきを得ることがある。
ショートショートの登場人物像
その一つは、星新一のショートショートの登場人物の特徴である。
星新一のショートショートの登場人物は、エス氏とかエヌ氏とか、記号化された名前が特徴的である。
なので、巧みな人物描写というよりは、物語そのものを楽しめるというのがショートショートの特徴なのだが、ここで私が言いたいのはそういうことではない。
ショートショートの登場人物は、あくまで「エス氏」なのであり、「エスくん」とかはいないのである。
――つまり、星新一のショートショートの登場人物は、ほぼ全員大人なのである。
もちろん例外はあるが、基本的に登場人物は成熟した思考の持ち主である。だからこそ、ぜひ大人の皆さんは、星新一作品の登場人物を自分たちの生活に重ね合わせてみてほしい。
星新一の作品はSFでも、テーマは夫婦喧嘩だったり、社会人の日常であることが多いのである。
星新一という人物の経験
また、星新一のショートショートには、星新一自身の経験も色濃く反映されているのではないかと思う。
星新一の父は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一であり、星新一自身も一時期星製薬の社長を務めたことがある。
星新一は、堤清二(辻井喬)と並んで非常に稀有な、東証一部上場企業(当時)の社長を経験したことのある作家なのである。
この経験は、星新一の作家活動にも生かされていると思う。
星新一のショートショートの代表作『ボッコちゃん』などを読んでもわかるが、星新一のショートショートを読んでいると、登場人物に会社経営者が多いことが分かる。
しかし、成人してからショートショートを読んでみると、異様に会社経営者の心理がリアルに描かれていることに気が付く。
そして、もちろん経営者でない普通のサラリーマンの抱いている感情も、リアルに描かれている。
間違いなくそこには星新一の社長としての経験と苦労が生かされているのである。
そして、その経験が星新一の天才的なSFの発想をさらに引き立てている。
星新一のショートショートはこのような一面を持っているからこそ、ぜひ大人に読んでほしいのである。
ブラックジョークの秀逸さ
そして、星新一がショートショートで描く物語は、世代を超えてもやはり面白いということも書いておかないといけない。
星新一作品に少しでも親しんだことがある方にとっては当たり前のことだろうが、星新一の魅力は近未来を舞台にしたSFにもあるが、痛烈なブラックジョークにこそその真髄がある。
子どもだましのサイエンス・フィクションじゃないかと思ってショートショートを読んでいない方がいたら、その偏見を捨ててぜひ星新一作品を読んでみてほしい。
おすすめショートショート【隠れた名作】
――と、ここまで星新一作品を大人向けにお薦めしてきたが、具体的にどんな話が面白いのかを少し紹介しておかないと説得力がないだろう。
まず短編集として一番にお薦めしたいのは、先ほども一度言及したが『ボッコちゃん』である。
この短編集は一番発行数の多いものなのでこれを一番にお薦めするのは芸がないが、やはり一番面白いと思うのである。
①「殺し屋ですのよ」
ある会社経営者のもとに、「ライバル企業の社長の暗殺を請け負う」という女がやってくる。
彼女は、手付け金はいらないというが……
シンプルだが、どんでん返しで「上手い」と唸らされるショートショートの名作
②「悲しむべきこと」
ある男の上に、サンタクロースが強盗としてやってくる。
サンタクロースは、子どもたちにプレゼントを贈るためにはこうするしかないのだという。
主人公は難を逃れようと一計を案じて……
まず強盗のサンタクロースという設定が秀逸。ネタバレになるので多くは書かないが、これも星新一の経験が生きているのではないかと思う隠れた名作。
③「特許の品」
宇宙から、ある製品の設計図が流れてくる。
地球人はそれを開発し、大いに使用するが……
これぞブラックジョークという感じの作品。SF的世界観で描かれるブラックジョークこそ、星新一の真骨頂である。
以上に紹介したのは全て『ボッコちゃん』収録のショートショート。『ボッコちゃん』は、表題作の「ボッコちゃん」や代表作「おーい でてこーい」も有名で、まず最初に読みたい星新一作品である。
『ボッコちゃん』が気に入ったら、次はタイトルに惹かれたものを読んでいくのでいいと思う(あるいは真鍋博や和田誠のイラストに惹かれたもの)。
ショートショートは一冊にいくつも入っているから、どの短編集にも気に入るショートショートはきっと見つかるはずである。
おわりに
星新一のショートショートは、大人になっても面白く読める――いや、大人にこそ読んでほしい作品である。
きっと社会人の方の中には、「長い小説は忙しくてなかなか読めない」という方が多いのではないかと思う。
しかし、ショートショートを一日一篇読むことならできるのではないだろうか。
ぜひ、星新一作品を「子供向け」と思わずに読んでみてほしい。
きっと、社会人の鬱屈や欲望などに共感できる点は多いのではないだろうか。――そして、時にはしょうもないオチに笑えることだろう。
▼星新一のショートショートの全集はこれ
星新一に比肩するSF短編の名手がいるとすれば、それは藤子・F・不二雄ではないかと思う。