2025年という、戦後80年という節目の年を迎えた。私は戦時下の記憶を持つ祖父母に接して育ち(祖父母も当時はほんの子どもだったのだが)、戦時下の体験というものを、ある程度身近に感じて育ってきた。しかし、私より下の世代にとって、戦争はもっと遠い存在なのだと思う。
思えば私が子どもの頃は、(ほぼ会話を交わしたことはなかったが)明治生まれの人に出会うこともあった。だが、今や明治生まれの人は全員この世を去っている。大正生まれだった私の曾祖母も世を去った。明治は遠くなりにけり。戦前・戦中も遠くなりにけりである。
そういうことを考えながら思うのは、戦争を直接体験した世代の多くが既に世を去った今、戦争を経験した人々が残した日記であったり、文学作品の価値はますます高まっているということである。
小説家は自分の経験しなかったことを書くことができる。しかし、やはり戦争の実情や戦時下の空気を描くこと、そして戦争をテーマに作品を執筆することへの強い思いに関しては、戦争を経験した世代の文学にしかないものがあると思う。
この記事では、戦争を直接体験した世代が書いた、(マンガなども含めた広義の)日本の戦争文学10作品を紹介する。
井伏鱒二『黒い雨』(1966)
日本人として、後世に残したい戦争の経験は何かと言われたら、やはり被爆体験になるだろう。
そういった原爆の惨禍を描いた小説の中で最も有名な作品は、井伏鱒二(1898-1993)の『黒い雨』だろう。
この記事を書いたのは、「黒い雨訴訟」が話題となった時期である(2021年)。「黒い雨」というのは、原爆投下後に降り注いだ、原爆投下時に生じた煤や放射性物質を含んだ、言葉通り黒色をした雨のことである。つまり、原子爆弾によって直[…]
1945年8月6日に広島に、8月9日に長崎に投下された原爆は、その熱風で多くの人々の命を奪っただけでなく、その後何年も放射能によって被爆者たちの健康を蝕み続けた。
作者の出身地でもある広島を舞台にしたこの小説は、戦場を描いているのではなく、戦後の回想という形をとっているので作中において戦争は過去のものであり、そういった点で狭義の「戦争文学」とは異なるといえるかもしれない。しかし『黒い雨』という作品が文学作品として秀逸なのは、戦後ようやく取り戻したかに思えた庶民の日常に、あとから戦争の影というものが影を落としてくるというところである。
なお、井伏鱒二自身は被曝したわけではないが、この作品は実際の被爆者の日記がもとになっている。それが主人公の名前のモデルにもなっている重松静馬という人物が書いた『重松日記』であり(また物語終盤は、被爆軍医だった岩竹博による『岩竹手記』も参考にされている)、その被爆体験は克明である。井伏鱒二の筆力によって描かれた日常と戦争の交錯は、戦争のない時代に生きる今読んでも胸に迫るものがある。
戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。
いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい。
ーーもちろん、不正義の平和がいいものかといえば、必ずしもよくはないだろう。だが、戦争よりは不正義の平和の方がいい。この作品はそんな戦争を経験した庶民の本音を代弁しているから、名作なのだ。
遠藤周作『海と毒薬』(1958)
この作品『海と毒薬』は直接戦争を描いたというわけではなく、狭義の「戦争文学」とは言えないかもしれないが、戦時中に実際に起きた事件をモチーフにした小説である。
遠藤周作(1923-1996)はクリスチャンであり、代表作『沈黙』では江戸時代のキリシタン弾圧の渦中に置かれたポルトガル人司祭を描いたように、キリスト教の教えが作品のテーマに通底している。(なお、遠藤周作は2025年ににわかに有名になったフジテレビ元社長の遠藤龍之介氏の父である)
『海と毒薬』という作品も、遠藤周作のクリスチャンとしての「神を信仰しない日本人が悪に抗えるのだろうか?」という問いが根底にあるといわれる。
戦争は残酷なものであり、非人間的な行為である。戦争の悲惨なところの一つは、普通の人間でさえも、残酷な行為に手を染めてしまうことだ。そのようなことをテーマにした作品に、遠藤周作の『海と毒薬』という作品がある。米軍兵への生体解剖[…]
もちろん、神を信仰しない人間でも悪に抗えることはあるだろうし、神を信仰する人間でも悪に抗えない人間はいると思う。
しかし、戦時下の空気という「毒薬」に侵された時代において、どれだけの人間が悪に抗えるのだろうかーー。
これからもおなじような境遇におかれたら僕はやはり、アレをやってしまうかもしれない……アレをねえ
小説の実質的な主人公である勝呂がこう語るように、『海と毒薬』は、このテーマを真っ向から描いた小説であり、考えさせられる小説である。戦後わずか10年ほどで書かれた小説であり、戦後の重苦しい空気が描かれているのも読みどころであり、ぜひ読んでみてほしい。
大岡昇平『野火』(1951)
ここまで紹介した2作は、。いずれも軍人を主人公にした作品ではなかった。
軍人を主人公にした日本の戦争小説の中で、最も有名なのは、大岡昇平(1909-1988)の『野火』かもしれない。
作者・大岡昇平は京都帝国大学文学部仏文科を卒業し、戦前も中原中也や小林秀雄と親交を結んだインテリだったが、小説家としてデビューするのは戦後に発表した『俘虜記』という小説によってだった。『俘虜記』も『野火』も、大岡昇平の戦争経験を色濃く反映した小説である。
大岡昇平は1944年に陸軍に召集され、フィリピンに派遣される。1945年1月、マラリアで昏睡状態に陥っていたところを米軍に保護され、収容所で捕虜として過ごしたという経験を持つ。
日本の軍人を描いた戦争小説の中で最も有名な作品は何かという問いの一つの答えは、大岡昇平の『野火』であろう。『野火』は、作者のフィリピンでの戦争体験をもとにした小説であり、作者自身の戦場での体験が色濃く反映されている。作品自体[…]
この小説は、敗色濃厚のフィリピンで、病気で軍から見放された主人公を描く。
「わかりました。田村一等兵はこれより直ちに病院に赴き、入院を許可されない場合は、自決いたします」
……
「よし、元気で行け。何事も御国のためだ。最後まで帝国軍人らしく行動しろ」
「はいっ」
『野火』という小説が読みやすい小説かというと、正直に言えば読みにくいと言わざるを得ない。この作品は主人公・田村一等兵の彷徨を通して、日本軍とフィリピンの住民との関係(フィリピン人を殺害するシーンもある)、軍人の持つ二面性、戦争のPTSDともいえるような描写、そして人肉食など、さまざまなテーマを包含しながら極限状態における「人間とは何か」、そして「戦争とは何か」を描いている。このリストの中の一冊目としてはなかなかおすすめできない小説だが、一度は読んでみていただきたい小説である。
島尾敏雄『出発は遂に訪れず』(1962)
次に紹介するのは、特攻隊を描いた小説である。
日本の作家の中で特攻隊の訓練を受けたことがある人物としてもっとも著名なのはおそらく島尾敏雄(1917-1986)だろう。島尾敏雄は九州帝国大学を卒業後、海軍予備学生に志願。1945年8月13日に特攻戦の出撃命令を受け、そのまま終戦を迎えたという数奇な運命を持つ作家である。
『出発は遂に訪れず』は島尾の戦争経験を色濃く反映した短編集であり、表題作は特攻隊の出撃待機という極限状況を描いている。
今度こそたしかと思われた死が、つい目の近くに来たらしいのに、現にその無慈悲な肉と血の散乱の中にまきこまれないことは不思議な寂しさともなった。
おそらく島尾も、こういった感情を抱いたのだろう。だが、生きていてよかった
「隊長、あなたは帰れるつもりでいるんですか」
……
「今度の戦争の責任は、士官がとらなければなりませんよ。下士官には責任はありません。士官とはそういうものです。今までそれだけの特権が士官には与えられてきたのですから」
特攻隊の待機という特異な状況を経験した島尾の小説は、一度死を悟った人間にしか出すことのできない、人間の実存への深い洞察がある。
吉田満『戦艦大和ノ最期』(1952)
太平洋戦争末期の日本軍を語るうえで、特攻隊も欠かせないが、1945年4月7日に撃沈された戦艦大和も重要な存在である。その最期を描いたのが、吉田満(1923-1979)の『戦艦大和ノ最期』である。作者・吉田満は東京帝国大学在学中に学徒出陣で海軍に入隊し、戦艦大和の電測員として乗船していた。大和の沈没時、彼は奇跡的に生還を果たす。
戦後すぐに書かれ、当時の時代精神をよく表した戦記文学として一度は読んでほしい小説だとは思うが、読みやすい本ではない。作者が東大卒のインテリということもあるのだろうが、観念的な記述が多く、また漢文調の文体で書かれている。
敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ
日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ
という登場人物のセリフは象徴的だろう。
一種の戦場の高揚感に包まれているようにも感じ、発表当時この本が戦争を肯定する書だと批評されたのもわかる小説である。しかし、戦争を経験し死地から生き延びた作者が何を感じたのか、そして戦後の日本のあるべき姿をどう考えていたのかという点で、おすすめしたい。
渡辺清『戦艦武蔵の最期』(1971)
戦艦大和と並ぶ巨大戦艦・武蔵の最期を描いたのが、渡辺清(1925-1981)の『戦艦武蔵の最期』である。戦艦武蔵は、レイテ沖海戦(1944年10月)で撃沈された。
大和・武蔵は姉妹艦であるが、『戦艦大和の最後』と『戦艦武蔵の最期』という本の性格は、かなり異なる。渡辺清は1925年に静岡県の農民の子として生まれ、16歳で軍に入った。インテリの吉田満とは、かなり異なった経歴といえるだろう。
『戦艦大和の最期』と比べると知名度は劣るかもしれないが、『戦艦武蔵の最期』の方が文体が読みやすく、作者の率直な戦場での恐怖や同僚との友情などが書かれていて、個人的におすすめしたいのはどちらかといえば『戦艦武蔵の最期』の方である。
おれたちは、そのあとデッキにもどって、肉親あてにそれぞれ遺書を書かされた。
……
こんどはお互い生きて帰れるかどうかわからんから、みんな一人残らず遺書を書け、それからついでに頭の毛と手の爪を忘れずに同封していくようにと、くどいほど念を押した。
2023年に角川新書から再刊されており、比較的入手もしやすくなっているので、興味のある方はぜひ手に取っていただきたい。
野坂昭如『火垂るの墓』(1967)
『火垂るの墓』といえばジブリのアニメ映画化されたものを多くの人が知っているだろうが、その原作は野坂昭如(1930-2015)による小説である。
原作は短編小説だが、作者・野坂昭如自身の戦争体験が色濃く反映されている。
「あれは絶対に攻撃というものではない、殺戮なのだ。養父は、二百五十キロの焼夷爆弾の直撃を受けて、五体四散し、養母、祖母もなくなり、疎開していた恵子と、まったくの偶然で生き残ったぼくが、焼跡にほうり出された」(野坂昭如インタビュー 婦人公論.jp より)
と野坂昭如が生前語っていたように、彼も神戸の空襲で養父を失い、また10カ月の妹を栄養失調で亡くしている。
清太と節子の物語は多くの方が知っているだろうが、興味のある方はぜひ原作に込められた原作者の思いを読んでみてほしい。
もはや飢えはなく、渇きもない、重たげに首を胸におとしこみ、「わあ、きたない」「死んどんのやろか」「アメリカ軍がもうすぐ来るいうのに恥やで、駅にこんなんおったら」耳だけが生きていて、さまざまな物音を聞き分け、そのふいに静まる時が夜、構内を歩く下駄のひびきと、頭上を過ぎる列車の騒音、急に駈け出す靴音、「お母ちゃーん」幼児の声……
水木しげる『総員玉砕せよ!』(1973)
ここで2作、漫画作品を紹介したい。
まず紹介したいのが、『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる水木しげる(1922-2015)が、自身の戦争体験をもとに描いた戦争漫画『総員玉砕せよ!』である。
水木しげるは1943年に召集されてニューブリテン島(ラバウル)に派遣され、1944年、マラリアで寝込んでいた際に空爆を受けて左腕を失う重傷を負った。『総員玉砕せよ』は水木しげるが生前「90パーセントは事実です」と語っているように、もちろん脚色はあるのだろうが、実際の作者の経験に基づいて書かれている(ほかに実体験が反映された水木しげるの戦争漫画には、短編集『敗走記』などがある)。
このマンガの途中では主人公がドジなゆえに周囲の軍人たちがどんどん死んでいくさまなど、戦場をひたすら悲惨なものとして描くというよりはどことなくユーモアを感じる部分はある。
しかし、この作品で水木しげるが伝えたかったのは戦争の悲惨さ、無益さであり、ラスト8ページは読んだ人は一生忘れられないだろう。
なお、記事執筆時時点では『総員玉砕せよ!』『敗走記』は、Kindle Unlimitedで読むことが読むことができたので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。
中沢啓治『はだしのゲン』(発表期間:1973-1987)
次に紹介するのは、いわずとしれた戦争漫画の名作である中沢啓治(1939-2012)の『はだしのゲン』。広島の原爆投下とその後の復興を描いた自伝的漫画作品である。
もう10年ほど前になるが、中沢啓治氏の死後、保守系団体が『はだしのゲン』が学校の図書館に置かれることに反対したことがあった。
それは作中に天皇の戦争責任を問うシーンがあるからだが、しかし、戦争に巻き込まれて被曝という悲惨な体験をした庶民にとって、その気持ちは真実だったはずである。先述の『戦艦武蔵の最期』著者の渡辺清氏も、天皇に対しては複雑な感想を抱いており、死の直前「ここまできて、八十歳の天皇より先に死ぬわけにはいかぬ」と書き残しているという(『戦艦武蔵の最期』解説より)。
あまりこの作品がイデオロギー対立の具とされたことを書くと、作品が敬遠されることにもつながりかねないかもしれないのでこれ以上書くのは控えるが、『はだしのゲン』は戦中と原爆投下後の厳しい世の中を主人公たちが力強く生きる漫画作品としても比類なく面白いものであり、ぜひ一度読んでみてほしいということである。
『きけ わだつみのこえ』
ここまで紹介してきたのは、作家による「戦争文学」だったが、ここでは戦争によって命を落とした戦没学生による本『きけ わだつみのこえ』を紹介したい。
現在は新版というものが出ているが、もとは1949年に東京大学消費生活協同組合出版部から発刊された戦没学生の遺書集だという。学徒出陣で戦地に向かい、二度と故郷に帰ることのなかった若者たちの心の声が込められた手記である。
当時のインテリたちが、自分の生の意味について考え、悩み、そして自分の生の痕跡を残そうとした悲痛な文章が収められている。
私は、ここまで紹介してきた本については読了してきたが、正直に言えば『きけ わだつみのこえ』については読了していない。文章が決して読みやすくないというのも理由の一つだ。だが、死んでいった学生たちの文章を読むのに耐えられなかったという理由も大きい。しかし、yやはりいつか全部読みたい小説である。
おわりに
ここまで10の戦争文学を紹介してきた。
ここまで紹介してきたのは『きけ わだつみのこえ』を除けば、「戦争文学」といえるものである。もちろん、文学が描くのは必ずしも「史実」ではない。その意味で、文学によって歴史を学ぶことはできないという人もいるだろう。しかし、歴史学は「史実」を立証する学問であるゆえに、公文書などの史料から立証不可能なことについては扱うことができない。この「立証不可能なこと」の一つが、内心の感情である。そういった歴史学が扱えない領域を、文学はカバーすることができる。
だからこそ、文学には価値がある。戦争が人々の内心にどのような影響を与えたのか、戦争というものが人間をどう変えるのか、ということは、文学作品などを経て学ぶことができるのだ。興味を持った作品があれば、ぜひ読んでみてほしい。