スキュデリ嬢

E.T.A.ホフマン『マドモワゼル・ド・スキュデリ』あらすじ・感想《推理小説の“真の起源”を探る》

推理小説の元祖として広く知られているのは、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』(1841年)だろう。名探偵デュパンが登場し、密室で起きた凄惨な殺人の謎を、読者とともに論理的な推理で解き明かしていく。もちろん、今読めば『モルグ街の殺人』は平凡で古びた作品に思えるかもしれないが、それはむしろこの作品が推理小説という枠組みを打ち立てた記念碑的な小説であることを意味する。

しかし、ポーよりも前に「推理小説」といえる作品を描いた作家がいなかったわけではない。

時に推理小説の「真の元祖」と呼ばれることがあるのは、ドイツの作家E.T.A.ホフマン(1776-1822)が1819年に発表した『マドモワゼル・ド・スキュデリ』(原題:Das Fräulein von Scuderi、以下『スキュデリ嬢』)という小説である。今回はこの作品について紹介したい。

スキュデリ嬢

『マドモワゼル・ド・スキュデリ』概要・あらすじ

E.T.A.ホフマンとは何者か

『スキュデリ嬢』という作品について紹介する前に、E.T.A.ホフマンという作家について簡単に紹介したい。

ホフマンの本名はエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン。アマデウスという名前は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトにあやかってつけられている。ホフマンは幼少の頃から音楽活動や絵画制作も行っており、作曲家として多くの楽曲を残したり、自画像も残されており、非常に多才な芸術家肌の人物だった。またホフマンは芸術面だけでなく、裁判官としても活動しており、法律にも精通していた。この裁判官という経歴は、『スキュデリ嬢』の執筆背景として重要な意味を持っている。

小説家としてのホフマンは、幻想文学の古典と位置づけられる『黄金の壺』や『砂男』といった作品や、そして猫を主人公にした『牡猫ムルの人生観』などで知られるドイツ・ロマン主義を代表する作家として知られる。幻想文学の巨匠としばしば評されるほか、チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』の原作者としても知られている。日本との関係でいえば、『牡猫ムルの人生観』は、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも影響を与えたとされる作家でもある。(ちなみに森鴎外もホフマンから大きな影響を受けており、この作品『マドモワゼル・ド・スキュデリ』を抄訳として「玉を抱いて罪あり」というタイトルで翻訳している)

ドイツ文学というと、ゲーテのような長大で読みにくい作品を思い浮かべる方も多いかもしれない。しかし、ホフマンの作品は比較的読みやすく、19世紀初頭の作品でありながら現代の読者にも親しみやすいと思う。

今回紹介する『スキュデリ嬢』は、1818年に執筆され、翌1819年に出版された中編小説である。作者のホフマンは病のため46歳という若さで1822年に亡くなってしまうので、彼の晩年の作品である。本作は、17世紀のパリを舞台に連続殺人事件の謎を解き明かしていく物語で、今読んでも面白い。

『マドモワゼル・ド・スキュデリ』あらすじ

物語の舞台は17世紀後半(作中では「1680年秋のことだったろうか」とある)のルイ14世治下のパリ。当時のパリでは、宝飾商や貴族を狙った謎の連続殺人事件が発生していた。

主人公のマドモワゼル・ド・スキュデリは、実在した17世紀フランスの女性作家マドレーヌ・ド・スキュデリ(1607-1701)をモデルにした人物である。彼女は非常な長寿を全うした人物で、晩年は高齢の詩人・作家として、ルイ14世の宮廷でも尊敬を集める存在だった。

「スキュデリ嬢」と言うと、うら若いお嬢様を想像してしまう方もいるかもしれないが、スキュデリ嬢は73歳の老婦人である。

ある夜、スキュデリ嬢の家に謎の男が訪ねてくる。下男は強盗を疑って扉を開けないが、男の哀願に胸を打たれ、扉を開けてしまう。

すると覆面の男が押し入ってきて、宝石箱を託して去っていく。その宝石箱の中には見事な宝飾品が入っていた。

この宝飾品は、ある金細工師カルディヤックが作ったものだということが分かった。当時パリで、これほどまでに手の凝らされた宝飾品を作ることができるのはカルディヤックしかいなかったのだ。

だが、やがてそのカルディヤックが殺害されるという事件が起こる。カルディヤックには弟子のオリヴィエ・ブリュソンがおり、さらにオリヴィエにはマドロンという恋人がいた。マドロンはカルディヤックの娘である。

オリヴィエはマドロンとの結婚を反対されていたことなどから、弟子のオリヴィエが師匠のカルディヤックを殺害したのではないかと疑われ、オリヴィエは逮捕されてしまう。しかしスキュデリ嬢は、マドロンに助けを求められ、実際には違うのではないかと考える。そしてカルディヤックの死の真相を追っていくことになる。そして、スキュデリ嬢の家に男が押し入ったこととカルディヤック殺人事件との関係も明らかになっていく。

あらすじの紹介はネタバレを避けてこのあたりにとどめておくので、ここからは未読の方はぜひ本書を読んでみてほしい。

この小説は(推理小説としての部分だけ見れば)現代の推理小説と比べても全く遜色のない面白さを持っている……と言い過ぎかもしれないが、推理要素・幻想的な要素のある17世紀パリを舞台にした法廷劇として見れば、現代の作家には描くことができない傑作だろう

『マドモワゼル・ド・スキュデリ』の推理小説としての革新性と特徴

法廷劇の傑作

あらすじ・概要の部分でも紹介したとおり、ホフマンという作家は芸術家としての多彩さが第一の特徴であるが、実社会では判事としても名を馳せた人物であった。そして『マドモワゼル・ド・スキュデリ』という作品は、やはり法廷劇が白眉なのではないかと思う。

この作品の最大の魅力は、スキューデリー嬢が推理を重ねて真相に迫っていく過程だけでなく、むしろ法廷のシーンにある。ホフマンは判事も務めていた人物であり、法廷のシーンは非常にリアルに描かれている。

スキュデリ嬢は様々な証拠を積み重ね、事件の真相とは何だったのかを明らかにしていく

スキュデリ嬢にとってオリヴィエやマドロンは、子供、あるいは孫ほどの世代である。この若い二人をいかにして守るか、という目的のもと、高齢の主人公が法廷で戦っていく姿が描かれるのである。

主人公が様々な証拠を積み重ねて論証していく様は、現代の推理小説に近しいものがある。

「推理小説の元祖」とは呼ばれないこともある理由

しかし一方で、一般的にはエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」が一世界初の推理小説とされている理由、つまり『スキュデリ嬢』が推理小説の元祖と認められない理由もある。

『スキューデリー嬢』は非常に面白い作品ではあるが、読者が一緒に謎を解いていくことが主題となるわけではない。読者は比較的早い段階で真相にたどり着き、その後はいかにして法廷で証明していくかという点に重点が置かれている。この点において、純粋な推理小説とは言えない面もある。

また、ホフマンは幻想小説家とも呼ばれる作家である。代表作の『黄金の壺』や『砂男』では、魔法の世界が登場したり、人間でないものへの恋が描かれたりしている。『スキューデリー嬢』も、犯罪の真相を解き明かしていく中で、やや超自然的な人間の狂気とも言えるような、現実離れした描写が出てくる。この点も、「世界初の推理小説」とは言い切れない理由の一つかもしれない。だが一方で、この小説から「カルディヤック症候群」という心理学用語も生まれており、『スキュデリ嬢』という作品は人間の本質をとらえた作品だと言えるだろう。

おわりに

『マドモワゼル・ド・スキュデリ』は、推理小説というジャンルが確立される以前に書かれた、推理小説的要素を持つ貴重な作品である。

ホフマンはおそらくこの作品を通じて、芸術家の苦難、司法制度の問題、人間の高潔さといったテーマを描こうとしていたのではないかと思う。しかし結果的に、この作品は世界初の推理小説の一つとなった

先述のように、ホフマンは個人的には19世紀のドイツ文学の中では非常に読みやすい作家だと思う。興味を持った方はぜひ他の作品も読んでみてほしい。

なお、『マドモワゼル・ド・スキュデリ』は光文社古典新訳文庫版から出ているが、これはKindle Unlimitedという定額読み放題サービスで読める。

Kindle Unlimitedは他にもいろいろな古典的名作を読むことができるサービスである(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。 KindleはスマホやPCのアプリでも読むことができるので、体験したことがない方は一度試してみてはいかがだろうか。

『マドモワゼル・ド・スキュデリ』の次におすすめの小説
『牡猫ムルの人生観』
ホフマンの代表作。ここまで何度もホフマンは読みやすい、と書いておいてなんであるが、『牡猫ムルの人生観』は一見読みやすそうな小説だが構成がややこしい(猫の語りパート・人間の語りパートが交互で、時間軸が同時進行でない)ので注意。ただ、ホフマンに興味を持った方はぜひ一度読んでみてほしい。
『モルグ街の殺人』
一般的に「推理小説の元祖」と呼ばれる小説。ぜひ読み比べしてみてほしい。
関連記事

特に条件もなく、アメリカ文学のおすすめ作家を誰か一人挙げてほしいと聞かれたら、結局エドガー・アラン・ポーの名前を挙げるかもしれない。エドガー・アラン・ポー(1809-1849)は、1776年のアメリカ建国以後、アメリカで文筆によって[…]

関連記事

海外文学の良いところは、他国の歴史や文化を感じることができるところだ。日本の文学も好きだけれど、それぞれ違った良さがある。海外文学を読んでいるうちに、主要な海外文学を死ぬまでに読んでみたいという気持ちになってきた。だが、「海外文学は[…]

死ぬまでに読みたい海外文学の名作100選

 

>このHPについて

このHPについて

このブログは管理人が実際に読んだ本や聴いた音楽、見た映像作品について書いています。AI全盛の時代ですが、生身の感想をお届けできればと思っています。