映画も素晴らしい大人向けの寓話『シチリアを征服したクマ王国の物語』(ディーノ・ブッツァーティ)【あらすじ・感想】

たびたびこのブログで紹介してきた作家にディーノ・ブッツァーティというイタリアの作家がいる。

私がこのブッツァーティという作家が好きな大きな理由は、この作家の描く不条理が好きだからである。どこかホラーのような、しかし人間社会の不条理のようなものをついている『神を見た犬』『現代の地獄への旅』といった短編集は非常に面白いし、また「時間の流れの無慈悲さ」というようなものを描いているところ(特に『タタール人の砂漠』など)も、なんともいえない哀愁や身につまされたように感じたりする読後感は、唯一無二である。

そして作家・ブッツァーティの魅力を紹介するとすると、彼は小説だけに才能を発揮するのでなく、絵の才能もあったということが挙げられる。

彼の描く絵はメルヘンでありながらも、時々どこか彼の小説のような不条理さも感じさせる。(正直、非常に絵が上手いというわけではないが……、しかし才能があったのは間違いない。絵本の表紙を見ていただければ、どんな雰囲気の絵かわかっていただけると思う)

ブッツァーティは子供向けに『シチリアを征服したクマ王国の物語』という絵本も書いており、今回はこの本について紹介したいと思う。

そしてこの絵本は映画化もされており、この映画も非常にクオリティが高いので紹介したい。

シチリアを征服したクマ王国の物語 (福音館文庫 物語) | ディーノ・ブッツァーティ, 天沢 退二郎, 増山 暁子 |本 | 通販 | Amazon

『シチリアを征服したクマ王国の物語』あらすじ

はじめに、『シチリアを征服したクマ王国の物語』のあらすじを軽く紹介したい。

さて、それでは、まばたきもしないできこうではないか、
あの有名な、シチリアを征服したクマ王国の物語を。

物語は過去の回想・昔話という形で始まる。

さて、それよりも何年もまえのこと、クマたちの王、レオンツィオが、幼い息子トニオといっしょに、キノコ取りに行ったとき、二人の猟師が王子をさらっていったのだ。

こうしてクマたちの王、レオンツィオは、息子の王子・トニオを人間にさらわれて以来失意の日々を送る。

しかしある冬、あまりの厳しい寒さに群れが飢え死にしそうになり、クマたちは人間たちの住む町に打って出ることにする。レオンツィオは、この機会に息子のトニオを探すことができるのではないかと期待を抱く。

しかしクマたちには、そしてレオンツィオ王にも、人間というものがほんとうにはわかっていなかった。人間のいじわるさ、わるがしこさ、人間はどんなおそろしい武器を使うか、けものをとらえるのにどんなわながしかけられるか、クマたちは知らなかった。

* * *

こうしてクマたちは人間の住む町へと降りていく。

物語のタイトル『シチリアを征服したクマ王国の物語』からもわかるように、紆余曲折があって、クマたちはシチリアを征服する。

征服の途中、クマたちは人間の「宮廷おかかえの星占い師」で魔法を使うことができるデ・アンブロジイース教授などと一緒に、シチリア征服の道中を過ごしていく。

王子トニオは見つかるのか、そしてシチリアを征服したクマたちは、一体なぜシチリアの支配者でなくなってしまったのかーーという物語である。

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『シチリアを征服したクマ王国の物語』のテーマ

この『シチリアを征服したクマ王国の物語』の物語のテーマとしては、諸行無常だとか、動物と人間のかかわりだとか、本当に幸せとは何か、というようなところに行きつくと思う。

このように文字で書くとなんだかよくあるテーマなように思えてしまうかもしれないが、そういったテーマが読後に自然と胸に去来するのは、やはりブッツァーティ作品の持つ唯一無二の読後感なのではないかと思う。

ブッツァーティは大人向けの短編集が非常におすすめなのだが、この『シチリアを征服したクマ王国の物語』も、ブッツァーティの短編集がハマった方は、(絵本だと侮らずに)絵も楽しめる短編として読んでいただければと思う。そして、あまり活字派ではないという方にブッツァーティの入門編として、この絵本または映画をおすすめしたい。

映画『シチリアを征服したクマ王国の物語』

『シチリアを征服したクマ王国の物語』は、2019年に映画化もされている。カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でも上映され、非常に高い評価を得ているが、実際にこの映画版『シチリアを征服したクマ王国の物語』は、もしかするとストーリーとしては原作小説よりもブラッシュアップされているかもしれない。

 

細かいところで言うと、デ・アンブロジイース教授の「魔法」について、原作では特に言及がなかった条件が追加されており、物語として説得力が増しているように思う。

だが最大の違いは、絵本では単なる「昔話」という形の入れ子構造に過ぎないが、映画では「旅芸人の二人(ゲデオネと少女アルメリーナ)が、雪山の洞窟で出会った老クマに『シチリアを征服したクマ王国の物語』を語る」という複雑な入れ子構造になっているということである。

そして(どちらが先に考案されたキャラクターなのかわからないが)、クマがシチリアを支配していたころの過去編にも、映画オリジナル登場人物として現代編のアルメリーナと同名の少女アルメリーナが登場するする。

このアルメリーナが物語中でクマと人間を結ぶキーパーソンとして生き生きした存在になっており、私が原作よりも映画の方が物語が洗練されているのではないかと感じる理由である。

 

またこの映画について「アニメ」として見ると、外国のアニメなので日本人的な感性ではいまいちクマや登場人物がかわいくないようにも思えるのだが(慣れてくるとかわいいと思えてくる)、動物の動きや魔法の描写はとても秀逸である。ブッツァーティの描いた絵本の通りのメルヘンな魔法などの雰囲気を、よくアニメにしていると思う。

大人にも子どもにもおすすめしたい映画である。

おわりに

ところでシチリアというと、現在はイタリアだがかつてはイスラーム勢力の支配下に置かれていたり、何度も「征服」の対象となってきた島である。ブッツァーティの小説からは、別に「クマ」を何かの比喩という形で用いているようには読めないのだが、しかし舞台をシチリアにしたということとシチリアの歴史は無関係ではないのではないかと思う。

ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』などを読むと、特殊な(マフィアがはびこっている)イタリアの近現代史に興味が湧いてくるが、ブッツァーティの本を読んでいてもイタリアという国の歴史が気になってくる。

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