ブコウスキーの『パルプ』は最低で最高の探偵小説である【あらすじ・感想】

パルプ

酒と女と競馬ばっかり描いたチャールズ・ブコウスキーという作家がいる。要するに、くだらない小説をたくさん書いた作家だ。

彼の代表作にして遺作『パルプ』も、そんな小説だ。手持ちのちくま文庫の帯には「最高にサイテーな傑作」と書いてあるが、まさにその通りだろう。

この小説、探偵小説なのだが、主人公はどうしようもなくしょうもない探偵で、話自体もくだらないものなのだ。

ーーだが、そのくだらなさゆえに、この小説は「最高」なのだ。

パルプ (ちくま文庫)

『パルプ』概要・あらすじ

とりあえず作品の概要とあらすじを大まかに紹介したい。

『パルプ』という作品について

この小説は、まずエピグラフが秀逸だ。

というか、この小説の中でいちばん秀逸な部分の一つといっても過言ではない。

悪文に捧ぐ

そもそも「パルプ」というタイトルは、「パルプ・マガジン」という言葉からきている。「パルプ・マガジン」というのは、薄っぺらい紙でできた小説、要は三文小説のことである。

この小説は、そんなパルプ・フィクションに捧げられた小説だ。

そして、安っぽい探偵小説に最大限のオマージュが払われている。

――ので、くだらない小説になっているのだ。

『パルプ』あらすじ

前置きが長くなったが、あらすじ紹介に入ろう。

『パルプ』の主人公は、ニック・ビレーンという私立探偵である。たいてい酒を飲んでいて(日本酒が好きらしいところはちょっと好感が持てる)、酒に酔っていなければ競馬している、どうしようもない男だ。

そんなビレーンに、依頼が舞い込む。

何年も前に死んだフランスの作家ルイ=フェルディナン=セリーヌを見つけてほしいという依頼だ。しかもすごい美女からの依頼。

ちなみにセリーヌというのは、『夜の果てへの旅』などの作品で知られる作家だ。

(このブログの『夜の果てへの旅』の紹介記事はこちら

セリーヌは俗語表現を多用した小説で一世を風靡した小説家で、ブコウスキーも強く影響を受けている。

ビレーンは、セリーヌらしき老人を追ったり、探偵っぽいことをする。ぜんぜんかっこよくないけど。

さらにビレーンのもとには、こんな奇妙な依頼も舞い込む。

「赤い雀」を見つけてほしいという依頼や(成功報酬は、「生涯にわたって毎月100ドル」を提示される)、妻の浮気調査をしてほしいという依頼(これは依頼自体はふつうだ)、そして付きまとってる宇宙人(美女)をどうにかしてほしいという依頼……

そんなこんなで話は進んでいくけど、ビレーンは探偵としてほとんど何も解決しないのが『パルプ』という小説だ。

結局最後は、よくわからない結末を迎える。謎を解いてすっきりするなんてことは、ぜんぜんない。謎は謎のままだ。

こんな探偵小説が他にあるだろうか?


 
 

『パルプ』感想

まあ、『パルプ』はこんなクソみたいな小説なのだが、読む価値がないのかと言われると、少し違う。

第一に、けっこう笑える。個人的には、浮気調査でのビレーンの確信犯的とも思えるドジっぷりが一番面白かった。低俗な言葉遊びもたくさんあるし、クスっとできる場面を楽しみに読むのもこの作品の楽しみ方の一つだ。

第二に、訳がいい。名翻訳家として知られる柴田元幸の訳で、ブコウスキーの俗っぽく下品な(?)文体がうまく日本語に翻訳されている。けっこうポリティカルコレクトネス的によろしくない表現も多い気がするが、そこは1994年の作品という点(しかも、物故した作家の作品である点)に免じて許してあげてほしい(しかし、『パルプ』に使われている表現をそのまま今の社会で使う勇気は、私にはない)。

そして第三に、ビレーンという主人公のしょうもなさだ。逆説的だが、ビレーンという主人公がどうしようもないところに、この作品を読む意味があるのである。

なぜなら、ビレーンからは、生きる勇気をもらえるのだ

最低の探偵、されど探偵

ビレーンはキレッキレの探偵ではないが、それでも随所で「やっぱり探偵なんだな」と思わせる部分もある。

色仕掛けには乗らなかったり(読んでて、そこは乗れよ!と思ったりもした)、

銃を携帯してたり(これは日本の小説ではなかなかない)、

レイモンド・チャンドラー的(ないしフィリップ・マーロウ的)なハードボイルドな展開やセリフもないではない。

ビレーンは最低の探偵だが、いちおう探偵なのだ。

――という風に、最初に一応ビレーンの事は擁護しておくが、基本的にビレーンというのは飲んだくれの役に立たない探偵だ。

ニック・ビレーンの生き方

だが、実は、ビレーンは依頼者にとってコストパフォーマンスは悪くない。

なぜなら、ビレーンは探偵の依頼を1時間6ドルで受けるからだ。6ドル。現在のレートなら約600円だ。そんなんで生きていけるんだろうか?

――だが、そんな心配はいらないのだろう。ビレーンは決して豊かではないし、家賃も滞納しているが、生きていることに絶望してはいない。

ビレーンは、女・酒・競馬くらいしかやることのない、家庭のない50代の男性だ。ビレーンに褒められる点は殆どないかもしれない。

でも、それでいいのだ。生きていく価値なんて、深く考える必要はない。私たちも、ビレーンみたいに気ままに生きていってもいいのだ。

飲んだくれで怠惰で無能な私立探偵だって、生きているじゃないか。頑張らなくていいのだ。

『パルプ』からは、そんな勇気をもらえる気がする。

もちろん、今の日本社会で1時間600円の探偵以来で生活をしていたら即座に生活が立ち行かなくなるだろうが……

まあ、心持だけはビレーンのようにいることは、実は大切なことかも知れない。

人生に疲れたときに、改めて読みなおしたい本だ

そういう点で、私は『パルプ』という小説は傑作ではないかと思う。


 
 

おわりに

『パルプ』は(というよりはブコウスキーの作品は)人を選ぶ作品だが、なんだかんだポジティブな作品なのではないかと思う。

たまには、こういう「くだらない小説」を読むのもいい。くだらない小説を読むと、悩みなんかどうでもいいような気がしてきませんか? 小さい悩みなんて、『パルプ』を読んで笑い飛ばしちゃってください。

パルプ (ちくま文庫)

パルプ (ちくま文庫)

 
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