パルプ「モア」

【ブリットポップの伝説】パルプ(PULP)24年ぶりの新譜『More』ほぼ最速レビュー《2025年6月6日発売》

2025年に27年ぶりの来日公演を行った、イギリスのバンド・パルプ(PULP)。1990年代のブリットポップと呼ばれる音楽シーンを、オアシス、ブラーという二大巨頭とともに牽引した伝説的なバンドである。

私事で恐縮だが、パルプは筆者が最も愛好するバンドの一つであり(このブログでもパルプに関する記事は過去にも書いている)、2025年1月に大阪で行われた単独公演も見に行った。この公演は非常に素晴らしいもので、パルプが決して過去に取り残されたバンドではなく、いまも観客を熱狂させる力を持ったライブバンドであるということを知らしめるものだった。

さらにこの公演で驚いたのは、当時音源化されていなかった新曲も2曲演奏されたことである。そこで改めて、パルプが現在進行形で活躍しているバンドであることを感じさせたのである。

このたび、パルプが来日公演で演奏した2曲を含む新譜『MORE』が発売された。早速、このアルバムについて感想を書いていきたい。

また『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号には、今回の新譜の発売に合わせて、フロントマンであるジャーヴィス・コッカーのインタビューが掲載されている(インタビュアーは粉川しの)。このインタビューを読んで、改めてこのアルバムについて理解が深まった部分も多いので、いくつか印象に残った部分について言及しながらこのアルバムの紹介をしていきたい。

パルプの来日公演(2025年)
2025年1月6日のPULP来日公演(Zepp Osaka Bayside) ©不眠の子守唄

パルプというバンドについて

このページの読者には不要な紹介も多いと思うが、はじめにパルプというバンドについて整理しつつ、このアルバムがどのようにして成立したのかを紹介したい。

ジャーヴィス・コッカーという人物

パルプとはジャーヴィス・コッカーというフロントマンに率いられているバンドである。

ジャーヴィス・コッカーとは、映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のパーティーのシーンで一瞬登場する「マグル界でも活躍している魔法使いのロックバンド」のフロントマンを務めていたり、ウェス・アンダーソン監督の映画『フレンチ・ディスパッチ』の中に登場する楽曲を担当したり、同監督の『アステロイド・シティ』に演者としても登場し劇中歌やエンディング曲を担当したりしている人物で、映画好きの方の中にはパルプという名前を知らなくても実はジャーヴィスを見たことがあるという方は多いかもしれない。

パルプの大阪公演
2025年のPULP大阪公演で、太陽の塔の写真の前で歌うジャーヴィス・コッカー ©不眠の子守唄

ジャーヴィスはソロ活動など、音楽活動をコンスタントに続けているが、近年のパルプの活動は断続的だった。

現在61歳のジャーヴィスは1978年にこのバンドを結成し(売れたのは1990年代だが、実は結成は1970年代である)、2002年に活動休止。

2011年に再結成し、2013年まで活動したが、この間に出した新曲は「After You」という曲のみだった(この曲はこの曲でいい曲だが)。

そして2022年に再々結成し、10年前の再結成では行うことができなかった、新しいアルバムのレコーディングを果たしたのである。

パルプのバンドメンバー

ジャーヴィス・コッカー以外の主なバンドメンバーについても触れると、もともとギタリストはラッセル・シニアという人物だったが、彼はアルバム『This is Hardcore』の方向性の違いをバンドを去る。また1995年からはもう一人のギタリストであるマーク・ウェバーが加入する。今回来日したのはマーク・ウェバーのみである。また女性キーボーディストのキャンディダ・ドイル、ドラムのニック・バンクス、そしてベーシストのスティーヴ・マッキーという人物がいるのだが、スティーヴ・マッキーは2023年に亡くなってしまう。

パルプピールセッションズ
(左から)ラッセル・シニア、マーク・ウェバー、キャンディダ・ドイル、ニック・バンクス、スティーヴ・マッキー、ジャーヴィス・コッカー

僕らのベーシストのスティーヴ・マッキーが亡くなったということがあって、それは我々にとって大きい出来事だった。ごく身近な存在を亡くすと、自分にも創作するための時間は限られていることに気づくんだ。それで、そうか、と思って。

『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号より)

今回のアルバム『More』は、バンド仲間であるスティーヴ・マッキーに捧げられており、後述する通り、スティーヴ・マッキーがバンドにいた時代に書かれた曲もこのアルバムには収録されている。

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パルプ『More』レビュー

前置きが長くなったが、いよいよ『More』というアルバムについて紹介したい。レーベルは、The Smithsなどを輩出したラフ・トレードである。

※日本盤も出ている!

『More』アルバム全体の感想

まず、私の『More』というアルバムについての簡潔な評価を述べたい。

いきなりネガティブに聞こえる発言かも知れないが、今回の『More』が、バンドの誇る最高傑作である『Different Class』(1995年)『This is Hardcore』(1998年)『His ‘n’ Hers』(1994年)を超えたとは、さすがに言うことはできない。音楽史に残り続けるのは『Different Class』などのアルバムであり、なぜならそれは1990年代の時代精神を体現したアルバムだからである。(ぜひ、これらのパルプの代表作を聴いたことがない方は聴いてみてください)

『More』が2020年代という時代を映し出したアルバムとは言い難いが、いうなればこのアルバムは「1995年の30年後」を映し出したアルバムであり、そういった文脈を考えれば1990年代のスターが2025年に出したアルバムとしては最高傑作に近い。

ジャーヴィスはインタビューで『More』について以下のように語っているが、この発言は、端的にこのアルバムの性格を表していると思う。

初めてラフ・トレードの人たちに新作を聴かせたとき、試聴後に僕のところにきて「すごく年相応なレコードだと思う」と言った人がいて、僕はそれが褒め言葉なのか批判なのか正直なところ分からなかったけれど(笑)。でも本当にそうだったら結構嬉しいかもしれないと思った。

『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号より)

『More』にアップテンポな曲は少なく、たしかにジャーヴィスが疑ったように「悪い意味」で年相応と評価する人もいるだろう。

しかし、現実にジャーヴィスらバンドメンバーは年をとっているわけであり、私としては『More』は「良い意味」で年相応なのだと思う

一部の曲については後ほど具体的に紹介するが、ジャーヴィス・コッカーという作詞家の最大の特徴は、性愛や欲望や老いなど「ダメ男の悲哀」をチープな小説(=まさに“パルプ・フィクション”)のような形式で語ることの上手さにある。(たとえば、バンドの2番目に有名な代表曲「Disco2000」は、結婚して子どもも生まれた幼馴染への未練タラタラな主人公を歌っている)

そのような歌詞は今でも変わらないが、一方で『More』は年相応に円熟したところも見せているように思う。

(ちなみに、このアルバムの新曲はすべて歌詞が先に書かれているようだが、これまではそうではなかったようで、ジャーヴィスは「歌詞を前もって書けばすべてがスムーズに進むってことにもっと早く気づいていればよかったなと思う(笑)」と語っている)

たとえばジャーヴィスがどのように円熟しているかというと、ひとつは「老い」への捉え方だろう。

まあ、年を取るのが好きな人はいないと思うけど、でも正直に言うと、90年代後半くらいの自分よりも今の方が幸せなんだよね。年を取ることの利点のひとつは、自分のことをよく知るようになるってことだと思う。
(中略)
昔は死ぬことがすごく怖かったんだ。“ヘルプ・ジ・エイジド”という曲を書くほどで、しかも当時は33歳で全然年寄りではなかったのに。でもたぶんずっと子どものままでいたいという気持ちがあったんだと思う。

『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号より)

このアルバムがパルプの過去の楽曲の「答え合わせ」と言ったら言い過ぎだが、重ねて言う通り、『More』はパルプが1990年代に出した名盤の続編として申し分のないアルバムである

そして、何度か聴いていくと、このアルバム『More』が「いま書かれた意味」というものも分かってくる。成熟したリスナーのこれからの人生にとっては、『Different Class』などよりも『More』のほうがよい伴走者になるという可能性は大いにあるのではないかと思う。

『More』個別の曲の感想

それでは、ここからは『More』の中から特に印象に残った曲について触れていきたい。

#1 Spike Iland

アルバム最初の曲で、なんだかんだ言って一番アルバム全体をよく表している曲だと思う。

ミュージックビデオは代表作『Different Class』のカバー写真をAIで動かすというアイディアから生まれたもので、まさに1990年代の作品を現代で再解釈するという、このアルバムの特徴を表すものになっている。

「AIに興味を持っている人がいて、何かアイデアはないかと聞かれたんだ。最初に思いついたのは、『Different Class』のためにランキンとドナルドが撮ってくれた写真を動かしてみるということだった」(ジャーヴィス・コッカー:アルバム紹介文より)

曲としては、非常にパルプらしい「捻くれ感」があり、彼らの代表曲に比べて初見のインパクトは多少薄いかもしれないが、何度も聞くうちに良さを感じてくる名曲である。

全体を聴くとやっぱりどこか捻くれているのだが、以下のような歌詞をジャーヴィスが歌ってくれるのは、ファンとして嬉しい。

I was born to perform 私は演じるために生まれてきた
It’s a calling それは天職だ
I exist to do this 私はこれをするために存在する
Shouting and pointing 叫んで、指をさす

#2 Tina

アルバム2曲目は「Tina」という名前の女性について歌った曲。

パルプには女性への(ストーカー的な)愛情を歌った曲が多いが、この曲もまさにそのような過去に出会った女性への執着を描いた曲。ちなみにTinaの名前はアルバムの中の他の曲にも出てくる。曲は一見地味だが、ジャーヴィス・コッカーのソロ曲の落ち着きと、パルプの曲らしい曲調の変化などが同居しており、佳曲と言えると思う。

 

「Tina」の話ではなくなってしまうが、やはりジャーヴィス・コッカーの歌詞の気持ち悪さは健在で、アルバム4曲目の「Slow Jam」の以下の歌詞などはかなり鮮烈である。

Here comes the Holy Trinity 三位一体が来る
Behold the crown of all creation 創造の極致を見よ
Come on, let’s have a threesome, baby さあ、3Pしようぜ、ベイビー

ジャーヴィス・コッカーの円熟味を感じる一方で、こういった気持ち悪さが健在なのはどこか嬉しくもある。ちなみにアルバム6曲目のタイトルは「My Sex」(こんな曲名をなかなか他のバンドはつけられないだろう)。

#5 Farmers Market

紹介が遅くなったが、この記事の冒頭でも触れた大阪公演でパルプが演奏した2つの新曲とは、アルバム5曲目の「Farmers Market」とアルバム7曲目の「Got to Have Love」との2曲である。

そのうち「Farmers Market」は、大阪公演の最後の曲となった。コンサートの最後を飾るにもふさわしい優しい曲調の曲。

ジャーヴィス・コッカーは最近再婚しているが、その出会いを描いたと思われるロマンチックな曲で、パルプの書いたラブソングの中で珍しいほど素直に美しい曲と言えるかもしれない。大阪公演では、私の英語力の問題で歌詞まではわからなかったが、もう一度聴いたらまた新しい感動があると思う。

#7 Got to Have Love

パルプが大阪公演で演奏したもう一方の新曲。そしてこちらも紹介が遅くなったが、先述したスティーヴ・マッキーがバンドにいたころの曲とは、3曲目の「Grown Ups」と7曲目の「Got to Have Love」の2曲だという。

「Grown Ups」はアルバム『This is Hardcore』の収録の際に演奏部分のデモだけ撮られていたものを、今回歌詞を仕上げて改めてレコーディングしたものだという。「Grown Ups」は「僕は老いてはいない、熟しているだけなんだ」というフレーズも印象的で、『This is Hardcore』に収録された「Help the Aged」にも通じるものがあるが、先ほどジャーヴィスのインタビューを引用したように、ジャーヴィスは老いについて以前より肯定的に捉えることができるようになっており、成熟を感じさせる。

「Got to Have Love」は『More』から「Spike Iland」とともに先行配信された曲で、アルバムの中で一番盛り上がる曲である(大阪公演でも盛り上がっていた)。

この曲は『We Love Life』の頃にデモを撮っていた曲で、歌詞も書いていたが、当時は上手く歌えなかったらしい

なぜジャーヴィスは「Got to Have Love」を上手く歌えなかったのか。「Got to Have Love」で最も強烈な歌詞は以下だろう。

Without love, you’re just making a fool of yourself
Without love, you’re just jerking off inside someone else

愛がなければ、自分をバカにしているだけだ
愛がなければ、誰かの中で自慰をしているだけだ

ジャーヴィスはなぜこの曲を歌えるようになったのかという疑問に対し、こう語っている「当時は自分の愛がどういう状況なのか分かっていなかったからね」

かなり強烈な性愛についての曲だが、ジャーヴィスは彼自身の「愛」の状況が分かるようになったことで、この曲を歌えるようになったのだ。

ジャーヴィス・コッカー
大阪公演で「Got to Have Love」を歌うジャーヴィス・コッカー。「L」「O」「V」「E」のアルファベットを指で書くパフォーマンスをしている ©不眠の子守唄

先ほども述べたとおり、ジャーヴィス・コッカーの歌詞の魅力は、性愛や欲望や老いなど「ダメ男の悲哀」をチープな小説のような形式で語ることの上手さにある。そしてジャーヴィス本人の状況とリンクしている。だからジャーヴィスの描く「ダメ男」には血が通っていて、唯一無二の魅力があるのだ。

ジャーヴィスは歌詞についても『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号のインタビューで興味深いことを語っているので、ぜひジャーヴィスファン、パルプファンはこのインタビューも読んでみてほしいと思う。

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おわりに

2025年の来日公演のMCでジャーヴィス・コッカーは、「前回の公演から27年も空いてしまったけれど、次はこんなに間を空けずに日本に来るからね」と語っていた(正確な英語の原文は覚えていないが)。

今回、『More』という新譜をリリースしたことで、バンドのライブのセットリストも変わるとジャーヴィスは述べている。

新しいアルバムを作ったから、今後のショウにはその楽曲も組み込んでいくことになるし、そしたらまたまったく別のものになるからね。

『rockin’ on(ロッキング・オン)』2025年7月号より)

再び近いうちに日本でパルプを見ることができることに期待しながら、もっとこのアルバムを聞きこんでみようと思う。

▼聴いたことがない方はまず『Different Class』を。

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