江口寿史先生による『ストップ!! ひばりくん!』というマンガは、伝説的な最終回で終わったマンガである。
最終話で大河激二郎という新キャラクターが登場し、その人物が涙を流しながら
「少年漫画は死んだッ・・・」
という台詞を残したところで、連載は終了となる。
簡単に言うと、江口先生の遅筆に業を煮やした編集部による打ち切りなのであるが、最終話そのものの「オチ」を書くのも間に合わず途中でぶった切られた結果、このなんとも珍妙で印象深い終わり方になっているのである。
今回の記事では、このような伝説的な未完作品である『ストップ!! ひばりくん!』に、ハッピーエンドがありえたのか考察(というか妄想)したい。
この作品についての一般的な紹介は、前述の記事でしているのでこちらを見ていただきたい。
『ひばりくん』は一応完結するが……
未完で終わった「ストップひばりくん」であるが、2010年のコンプリート・エディションで「少年漫画は死んだッ・・・」という台詞以降の最終話が新たに書き下ろされたことによって、約30年越しに一応の完結を見ている。
詳しくは実際に読んでみていただきたい。(記事投稿日現在、Kindle Unlimitedでも読めるので、無料で読みたい方はぜひ。)
- 作者:江口寿史
- 出版社/メーカー: フリースタイル
- 発売日: 2016/07/13
- メディア: Kindle版
――しかし、この終わり方は話に「オチをつけた」というだけであって、物語自体が完結したとはいえない。
作者の江口寿史先生ご本人も、この作品について次のように述べられている。
とはいえこの作品が未完である事実は変わらない。
ただ今回の復刊の作業をしていてずっと思っていたことは、「ストップ!! ひばりくん!」という漫画はこれでおしまい、ということでいいんじゃないかと。
作者である江口寿史先生が「未完」であることを認めつつも「これでおしまい」と述べているのは、読者からすると、とても残念である。
だが、同時に江口先生が、『ひばりくん』は未完のままでいい、と思った理由も理解できるのだ。
というのも、『ストップ!! ひばりくん!』という作品の理想的なエンディングは何であるのかというのは、非常に難しい問題だからである。
『ひばりくん』エンディング分岐のは難しさ
では、なぜエンディングを考えるのが非常に難しい問題になるのか。
以前にも紹介した通り、『ストップひばりくん』のヒロイン・大空ひばりの生物学的性は「男」である。
要は、ひばりくんは、今でいうところの「男の娘」である。
さらに、ひばりは主人公・耕作に対して好意を寄せているのは明らかであるのだが、耕作はひばりの性が男であることに葛藤するのである。
ひばりが女ならよかったのに…… と。
このマンガは本来ギャグマンガなのに、最終的なエンディングを考えるとシリアス展開が避けられないというのが、この作品が完結し得ない理由だろう。
実際にエンディングのパターンについて想定すると、次の3つが考えられる。
- ひばりー耕作がくっつく
- ひばりと耕作は別れる
- ひばりが女性化
それぞれの選択肢について考えてみよう。
ひばり-耕作エンディング
1.の場合、現代ならハッピーエンドとなる可能性もあるが、少なくとも80年代を生きている耕作にとってはバッドエンドなのである。
なぜなら、ひばりと耕作は男性同士のカップルになるからだ。
子どもも生まれないし、妻に男性器はついてるし…… 80年代を生きる青年であり、ヘテロセクシャルな耕作にとって、それは嫌なのである。
そうであるから、このエンディングを迎えるには耕作の価値観が変わっている必要がある。
ひばり-耕作が別れる
2.の場合、完全にバッドエンドである。
耕作とひばりくんが別れるところは、読者も見たくない。
ただ、耕作がつばめ(ひばりの姉)と三角関係の末にくっつくのなら少し見てみたい気がしないではない。
この三角関係は「ストップひばりくん」で時折見られる要素である。
それに、中盤以降髪を切ってからはつばめの方が可愛い(かわいいというのは個人の意見に過ぎないが、客観的に見ても丁寧に書き込まれるようになっている気がする)ということを考えると、このエンディングの可能性はなきにしもあらずだったのか、という気もしてくる。
なお、「ストップひばりくん」はアニメ版もあるが、アニメ版は髪を切らないので「つばめがかわいい」要素が少ないのは物足りない点である。
(とはいえこれは製作時期の問題もあるので責められないし、アニメの原作準拠の回はかなり良くできている。アニメもぜひお薦めしたい)
若干話が逸れたが、やっぱりこの作品は「つばめ-耕作エンディング」だったら、全く別の作品になってしまうと思う。
時折三角関係フラグが立つから面白いのであって、常に三角関係だったら、作品の性質が違うものになってしまう。
だから、いくら原作終盤でつばめが可愛くても、耕作-つばめエンドというのは想定できないだろう。
性転換エンディング
3.の場合、ハッピーエンドである。完結しない『ひばりくん』に痺れを切らしたファンの方による「ストップひばりくん、の二次創作」というサイトがあるが、こちらのサイトはこのタイプのエンディングを採用している。このサイトのエンディングはなかなかクオリティが高いと思う。
ただし現実にはあり得ない。
このマンガはギャグマンガだから、多少の超常現象はナシではないのだが……さすがに性転換までいくと作中の世界観に反してしまう。
(その点、上で紹介した二次創作者の方は、話自体をギャグ強めに持って行くことで「性転換エンディング」を違和感のないものに仕上げている)
もっとも、そもそもこのマンガの肝はひばりと耕作の微妙な距離感にあるので、このようなエンディングを考えるのは野暮である。
* * *
ここまで3つの選択肢を考えてきたが、どれも難しい。
しかし、やはりこの中の選択肢であれば1.の「ひばり-耕作エンディング」(つまり、男同士のカップル)しかありえないだろう。
『ひばりくん』が読み継がれる意味
つまり、『ひばりくん』の理想的なエンディングを考えることは、現代における性のあり方をも問う問題になってくる。
飛躍に思われるかもしれないが、まじめに考えれば『ストップひばりくん』のエンディングに関する議論はLGBTQの問題ともかかわってくる。
耕作自身も、「ひばりが女ならよかったのに…」と、常々思っているのである。
恋愛における障害が生物学的性のみならば、その障壁は超えられるのか?それとも超えるべきなのか?
現代でもこの問題は、ある種解決を見ないものだと思われる。
そのような中、耕作とひばりは互いにどのような道を歩んでいくことになったのか、それとも同じ道を歩んでいくことになったのだろうか。
こんな妄想をファンにされるのは、江口寿史先生の意図するところではないかもしれない。
しかし、そのエンディングの可能性を、社会が変容した現代においても未だに考えさせる作品だからこそ、「ストップひばりくん」は不朽の名作なのではないだろうか。
一方で、「絶対にくっつかない2人」の繰り広げるラブコメディだからこそ、『ストップ!ひばりくん!!』は史上最高のラブコメディなのではないかと思うのである。
なお、下の『ストップ! ひばりくん!!』コンプリート・エディションはKindle Unlimited(定額読み放題サービス)で読むことが可能である(記事投稿日現在)。
記事投稿現在、初回30日間無料で楽しめるので、こちらのサービスもおすすめしたい。
- 作者:江口寿史
- 出版社/メーカー: フリースタイル
- 発売日: 2016/07/12
- メディア: Kindle版
- 作者:江口寿史
- 出版社/メーカー: フリースタイル
- 発売日: 2016/07/13
- メディア: Kindle版
- 作者:江口寿史
- 出版社/メーカー: フリースタイル
- 発売日: 2016/07/13
- メディア: Kindle版