連載作品すべてがヒット作品という生ける伝説・高橋留美子。
1970年代後半~80年代の『うる星やつら』・『めぞん一刻』に始まり、90年代の『らんま1/2』、2000年代の『犬夜叉』、2010年代の『境界のRINNE』、そして2020年現在連載中の『MAO』と……まだまだ書き続けてほしいマンガ家である。
しかし、どの連載作品も10年近く連載が続いたヒット作品であるだけに、高橋留美子作品は初めて読む人にはハードルが高いかもしれない。
だが、「高橋留美子作品を読み始められない」という心配は無用である。
なぜなら、高橋留美子は短編集もめちゃくちゃ面白いからである。
今回は、高橋留美子の短編集をすべて読んできた私が、おすすめの短編集を紹介しようと思う。
①「高橋留美子劇場」シリーズ
高橋留美子の短編集はいくつかあるが、一番お薦めなのが、この『高橋留美子劇場』というシリーズである。
シリーズものということで短編集と違った扱いをされることもあるが、全く違った設定の短編が収められた短編集である。高橋留美子のシリーズものの作品としては『人魚シリーズ』というものもあるが、同じ設定で登場人物が共通した短編集なので、今回は対象外とした。
「高橋留美子劇場」はこんな人におすすめ
『高橋留美子劇場』は、基本的にサラリーマンや主婦といった年齢層の人間が主人公となっていて、「高橋留美子の長編作品を今更読むのは子供っぽい感じがする」と思っている大人にも、ぜひお薦めしたい。
また、主人公たちが基本的に「お人よし」の「弱者」である点も「高橋留美子劇場」作品に共通している。どの作品にも、どこか共感できるところがきっとあると思う。
『高橋留美子劇場』は、順番通りに読む必要はないが、どの短編集も甲乙つけがたいので、順番通りにお薦めしたい。世相もだんだんと移り変わっていることがわかると思う(最近の作品になるにつれて介護などのテーマが増えている)。
①『Pの悲劇』(高橋留美子劇場1)
表題作「Pの悲劇」は、公営マンションに住む「ペット禁止」推進派の住人と、ペットのペンギンを預からないといけなくなった主人公の主婦一家の物語。
住宅街に「ペンギン」という『ペンギン・ハイウェイ』ばりのファンタジー的設定と思いきや、作品で描かれるのは公営マンションのドタバタのみならず、大人の事情や隠された感情であり、笑えると同時にしんみりとなる作品。
②『専務の犬』(高橋留美子劇場2)
表題作は「専務の犬」、学生時代の親友同士だが、今は専務と平社員ーーという中年男性二人をめぐった物語。「専務の犬」を、平社員の主人公が預かることになって…?
「専務の犬」がダブルミーニングになっているのはここまでのあらすじ紹介でも察しのいい方は気づいただろうが、タイトルにも象徴されるようにドタバタ劇でありながら、実は緻密に組まれていて唸らされる一作。
『赤い花束』(高橋留美子劇場3)
表題作「赤い花束」は、中年サラリーマンが宴会中に腹踊りしていたら急死してしまい、腹に絵が描かれたままの幽霊となって自分の葬式を見ている話。
高橋留美子の描く幽霊はどうしてこうもシュールなのか…… と思う作品でもあり、また夫婦の愛情とは何なのか・人生とは何かを描いている作品でもある。細かい描写が、きっと共感できるはず。
④『運命の鳥』(高橋留美子劇場4)
表題作「運命の鳥」は、不幸になる人に集まってくる不思議な鳥が見えてしまう男が主人公の話。鳥が集まっている人に対し、男は何か働きかけようとするが、不幸の実体が何なのかはわからないので苦悩して…… というような話。
ここまでで紹介した表題作の中では一番地味な気もするが、短編集全体としてはよくまとまっている。
⑤『魔女とディナー』(高橋留美子劇場5)
最新刊で、記事投稿日現在「高橋留美子劇場」シリーズに収録されていない(「高橋留美子傑作集」単行本しか出ていない)。
いずれ「高橋留美子劇場」化されると思うので、単行本で集めている方以外は、待った方がいいかもしれない。そのような事情もあって、「高橋留美子劇場」の中ではお薦め度合いが低い(あくまで記事投稿日現在)。
②『1 or W』高橋留美子短編集
上で紹介した『高橋留美子劇場』の主人公がサラリーマンや主婦であるのに対し、以下に紹介する『高橋留美子劇場』以外の短編集は、高橋留美子の連載作品同様に学生を主人公としていることが多い。
その点で、大人には『高橋留美子劇場』をお薦めしたいが、中高生には今から紹介する短編集をお薦めしたい。
『高橋留美子劇場』シリーズ以外で一番お薦めなのは、『1orW』。
表題作『1orW』は、事故で剣道部顧問が生霊となって女子マネージャーの体を乗っ取ってしまう話。ーーこの剣道部顧問がぶっ飛んでて、高橋留美子のドタバタ喜劇の真髄という感じである。このキャラ造形はほんとうに高橋留美子特有で、ぜひ読んでみてもらいたい。
ちなみに、この短編に登場する剣道部員の名前は、皆実在する有名な剣豪からとっている。高橋留美子の戦国・江戸時代への造詣の深さが伺える。
この短編集は表題作以外もラブコメ系の作品が多い。
③『鏡が来た』高橋留美子短編集
次に紹介したいのは、『鏡が来た』。
『高橋留美子劇場』以外の短編集としては、一番新しい作品である。
表題作「鏡が来た」は、異能を獲得した女子高生と男子高生のラブコメ。高橋留美子の長編によく組み込まれるエッセンスが凝縮された話であり、高橋留美子の世界観を気軽に楽しみたい方にお薦め。
ただ、全体的に『1orW』の方がにぎやかな感じの作風が多い一方、『鏡が来た』は落ち着いた感じの作品が多いため、個人的な好みからこのようなおすすめ順位にした。
④『高橋留美子傑作短編集2』
最後に『高橋留美子傑作短編集』を紹介する。これは①と②の2冊あるが、②の方がクオリティが高いと思うので②を先に紹介する。
この『高橋留美子傑作短編集』は、傑作短編集という名前であるが、キャリアを通じた傑作が厳選されているわけではない。
キャリア初期の短編の傑作選であり、キャリア中期以降の短編は、すでに紹介した『1 or W』や『鏡が来た』に収録されているので、誤解なきよう。
『高橋留美子短編集』は、高橋留美子のキャリアの最初期に書かれた作品群であるゆえ、作品のクオリティという面では、ここまでに紹介した短編集には劣る。
ただ、高橋留美子の原点がどこにあるのかがわかる作品集である。例えば高橋留美子は日本女子大学で日本史学を学び江戸時代の研究をしていたが、江戸時代への関心はキャリア初期ほどよく表れている。
それゆえ、この短編集は、特に高橋留美子の熱烈なファンにおすすめしたい一冊である。
だが、『高橋留美子傑作短編集』のうち②は、初期とは言え洗練されているので、おすすめ順位は劣るものの、ぜひお薦めしたい短編集である。
⑤『高橋留美子傑作短編集1』
『高橋留美子傑作短編集1』は、高橋留美子のキャリアの最初期に書かれた作品群である。それゆえ、作品のクオリティという面では、ここまでに紹介した短編集には劣る。
だが、作品の史料的価値と言う意味では一番価値があると言っても過言ではない。
『うる星やつら』の元となった読み切り『勝手なやつら』が収録されていたり、高橋留美子が大学在学中に持ち込んだ『ダストスパート!!』が収録されていたりするのが、この『高橋留美子傑作短編集1』である。
『傑作短編集2』と同様に、熱烈な高橋留美子ファン向けの一冊である。
おわりに
ここまで、『高橋留美子劇場①~⑤』→『1 or W』→『鏡が来た』→『高橋留美子傑作短編集②、①』の順でお薦めしてきた。
だが、これはあくまで成人男性にとっての面白さである。
私は『高橋留美子劇場』が、成人が読むなら一番面白いと思うが、もし「うちの子どもが高橋留美子作品に熱をあげているので、短編集も買ってあげたい」みたいな場合であれば、おすすめの順位は変動する。
このことをご理解いただいたうえで、ぜひ高橋留美子の短編集の素晴らしさを知っていただきたい。だが、大人が読んで一番面白いのは絶対に『高橋留美子劇場』だと私は信じている。
また、ここで紹介した高橋留美子の短編集は、すべてKindleで読めるのも良い点である。「マンガを読みたいけど、置く場所がない」という方は、ぜひ電子で買うことをお薦めしたい。
KindleはスマホやPCのキンドルアプリでも読むことができるので、体験したことがない方は一度試してみてはいかがだろうか。
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