タイタンの妖女

カート・ヴォネガット『タイタンの妖女』感想・考察ーなぜ、人類は「タイタン」へ行ったのか?

カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」といえば、アメリカのSFの最高傑作のひとつともされる作品である。爆笑問題・太田光の最も愛する作品の一つとしても知られている。

1959年の作品ということもあって、古さを感じる場面は多くある。しかし、今でもSFの古典として輝きを放っていることに疑いの余地はない。今回は、この小説について考察していきたい。

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『タイタンの妖女』の感想を書いたのだが、あらすじが長くなりすぎたのでここで別の投稿として紹介することにした。[sitecard subtitle=考察はこちら url=https://moriishi.com/entry/the-s[…]

タイタンと言えば土星の衛星だ。人類はなぜタイタンを目指したのか

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)

「タイタンの妖女」作品概要

著者:カート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut, Jr.)

国籍:アメリカ

原題:The Sirens of Titan

刊行年:1959年

カート・ヴォネガットは、現代文学に大きな影響を与えたアメリカ人作家である。彼の人生の中で特筆すべき点はいくつかあるが、第二次世界大戦に従軍し、ドイツ軍の捕虜となったことが挙げられる。そして、捕虜として連合国によるドレスデン爆撃も経験したのは、彼の人生観に大きな影響を与えたのではないかと思われる。

また「タイタンの妖女」の原題は「The Sirens of Titan」でありサイレンとタイタンで頭韻を踏んでいる(ヴォネガット作品は他にも「Cat’s Cradle」(猫のゆりかご)など、頭韻を踏んでいる題が多い)。

このニュアンスは「タイタンの妖女」という邦題では訳出されていないが、それでも「タイタンの妖女」という邦題は秀逸だと思う。

「タイタンの妖女」あらすじ

長い、かつネタバレなので、別記事に分けた。

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「タイタンの妖女」登場人物

次に「タイタンの妖女」の登場人物を整理すると、以下のようになる。

マラカイ・コンスタント…物語の主人公。アメリカ一の富豪だったが、凋落。記憶を失った火星軍の兵卒「アンク」となる。

ウィンストン・ナイルズ・ラムフォード…「時間等曲率漏斗」(クロノ・シンクラスティック・インファンディブラム)に囚われたことで波動化し、人類の過去と未来を知る。

ヴィクトリア…ラムフォードの元妻。マラカイ・コンスタントとの子を生む。

クロノ…マラカイとヴィクトリアの子。

ストーニイ…火星でのアンクの相棒。

ボアズ…火星と水星でアンクと行動を共にする。

サロ…トラルファマドール星人の探検者だったが、土星の衛星タイタンに不時着。

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「タイタンの妖女」用語

また、この作品はSF的な専門用語もあるので、これをまとめた。

「時間等曲率漏斗」(クロノ・シンクラスティック・インファンディブラム)…ラムフォードが囚われた、宇宙に存在する特異点。ラムフォードはここに囚われた結果、過去と未来を知ることとなったが、身体は波動化ししてしまった。そのため、波動(太陽からベテルギウスにいたる螺旋)が一致する場所にしか、ラムフォードは体を

「そうなろうとする万有意志」 (Universal Will to Become, UWTB)…あまり深い説明はなされていないが、トラルファマドール星はこれを利用している。

「タイタンの妖女」のテーマとは何か?

前置きが長くなったが、「タイタンの妖女」はなぜ名作なのか、そしてそのテーマとは何なのかについて考察していきたい。

「悪夢」の時代

はじめに、この作品が傑作である理由は、構成として示唆的な描写がいくつもちりばめられていることにあるだろう。

特にこの「タイタンの妖女」は書き出しが秀逸である

いまではどんな人間も、人生の意味を自分の中に見つけ出す方法を知っている。

しかし、人類がいつもそう運がよかったわけではない。ほんの一世紀たらずの昔まで、男も女も自分の中にあるパズル箱にやすやすとは近づけなかったのである。

(中略)

あらゆる人間の中にひそむ真実に気づかずに、人類は外をさぐったーひたすら外へ外へと突き進んだ。

(中略)

その昔、まだ魂が探測されていなかった時代、人びとはどんなふうに生きたのか

これから物語るのは、数年の前後はあってもだいたい第二次大戦から第三次大不況のあいだに落ちつく、あの悪夢の時代の実話である。

この語りは、遠い未来から過去を語るという、特殊な形式をとっている。

読者はここで、この物語の舞台は人類が「外へ外へ」向かっていた時代(=つまり宇宙開発競争ウが熾烈だった時代)の話であることを知る。

この作品は1957年のスプートニク号発射の2年後の作品であり、アメリカとソ連の宇宙開発競争の皮肉にもなっている。

 

そして語り手は、その時代は「悪夢」であった、とする。

作品の時代背景からもわかるように、この作品は当時のどうして人類は宇宙を目指すのか?という問いがスタートとなっている。

しかし、これは当時の社会への皮肉だけではない。単なる宇宙開発競争批判の物語ではなく、人類の目的について考えさせる物語になっている。だからこそ、現代の社会においても「タイタンの妖女」を読む価値があるのだ。

では、人類を覆っていた「悪夢」とは何だったのか?

「タイタンの妖女」における自由意志

「タイタンの妖女」は、バッドエンドでもありハッピーエンドでもある。

 

ネタバレとして結末を述べれば、この時代の人間は、その生きる意味をトラルファマドール星によって干渉されていた。

だから、人々は「外へ外へ」と目指したのである。

どうして人類は宇宙を目指したのか? その答えは単純だ。「そのように人類が操られていたから」なのである。

人々は自由意志を持っているつもりだったが、それは本当の自由意志ではなかった

これが、人類の悪夢の正体である。

かつて哲学者ヘーゲルは、人類の歴史が理性に従って良い方向に進行していると「歴史哲学講義」で説いた。

しかし、「タイタンの妖女」では、人類の歴史はタイタン星に、たった一つの部品を届けるためだけに運航しているのである。

 

物語序盤~中盤での「ボス」的存在であったラムフォードも、所詮は操り人形だった。ラムフォードにとってこの物語は単一的な視点で見ればバッドエンドである。

だが、ラムフォードが操り人形になり、究極目的を果たしたことで、人類はトラルファマドール星の干渉から解放される

そうして、物語の書き出しのように、人々は「悪夢」から解放されたのだ。

「自由意志」がないとしても、幸福は手に入れられる

しかし、悪夢からの解放はこの物語の主題ではないことには、留意する必要があろう。

マラカイ・コンスタントは、自分の人生を死の間際に次のように結論付ける。

人生の目的は、どこかのだれかがそれを操っているにしろ、手近にいて愛されるのを待っている人を愛すことだ

自分たちの生きる目的は誰かに操られているかもしれない。だが、誰かを愛することができれば、それでいいじゃないか

ーーある意味平凡な結論だが、これこそが作品のテーマなのである。

おわりに

愛のない前半生(ただし、その記憶は抹消されている)を送ってきたマラカイ・コンスタントの口から述べられる「人生の目的は、どこかのだれかがそれを操っているにしろ、手近にいて愛されるのを待っている人を愛すことだ」という言葉。

それは、現代社会への皮肉でもあるが、普遍的なメッセージでもある。だから「タイタンの妖女」は、普遍的な価値を持つ名作なのである。

私たちはまだ、「魂が観測されていない時代」を生きているのだから。

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