岩尾俊兵『世界は経営でできている』(講談社現代新書)について語りたい【書評・感想】

世界は経営でできている

岩尾俊兵『世界は経営でできている』(講談社現代新書)という本の感想などを最近よくSNSで見る。

それで私も気になったので読んでみたが、『世界は経営でできている』という本は、「感想を書きたくなる新書」だということである。なるほど、だからSNS上にはここまでたくさんのこの本の感想が書かれているわけか……と納得した。

そのようなわけで私も感想を書きたくなってしまったので、今回はこの本について書いていきたい。

『世界は経営でできている』はどのような本か

最初に『世界は経営でできている』という本について説明すると、これは「文学と経営の融合」を信念とする著者によるエッセイである。

「経営学の入門的な教科書」を期待していると、思ったものと違うという感想になってしまうだろう。本書には数字の見方だとか新規事業の秘訣だったりとか、そういったことは一切書かれていない。

ではこの本はどのような本なのかというと、「『経営』という考え方を生活に置き換えてみるエッセイ」なのである。つまり、人生におけるさまざまな事象(とりわけ人々を悩ませる貧乏だとか家庭だとか恋愛だとか勉強などといった事象)に、「経営」を持ち込んでみようということを著者は説いているのである。

経営とは何なのか

このように書いても、よくわからない、 ピンとこない方も多いかと思うので、ここでこの本の「はじめに」で書かれているような「経営」という言葉の定義について紹介したい。

「本来の経営は「価値創造(=他人と自分を同時に幸せにすること)」という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」だ

これこそが基本的な「経営」の考え方である。

そして筆者は、人生におけるさまざまな事象について「経営」という考え方を持ち込むとどうなるのかを説明していく(本書では15個の章によって構成されている)。

最初にこの本は「エッセイ」であると書いたが、どこがエッセイなのかというと、経営の失敗からくるあらゆる人生の失敗を著者(または著者の友人など)の体験として描いており、それがエッセイのように、あるいはシチュエーションコメディのように読むことができるということである。

 

一つ具体的に引用させていただこう。

ある人から尊敬を得たいという場合に、どのようにすればよいのか。筆者は「虚栄」について語った章でこのように綴っている(本書77Pより引用)

あくまで練習として、読者の皆様がよんでいらっしゃるこのエッセイの作者を尊敬してみてはどうだろう。……ものは試しで「これまで読んだ中で最高のエッセイ」と、この本の写真付きでSNSに投稿してみよう。私はそんな素直で心が広い読者の皆様を尊敬する(本当に)。

こうしてめでたく相互尊敬が生まれるわけだ。

相手から尊敬を受けたいとすれば、相手をまず尊敬してみればいい。そこに必要なのは虚栄ではないのだ。

私はここで本書に書かれている行為を実践してみたわけだが、著書の岩尾俊兵氏はこのブログを発見してくれさえすれば、おそらくこのブログに多少の好意は抱いてくれるだろう。あくまで練習としてではあるが、実際に相互尊敬が生まれる。私がSNSで見た多くの本書についての感想も、もしかしたら一部は本書のこの部分の実践なのかもしれない。しかし大部分は、本書の内容が面白いからであろう。それについては後述したい。

 

このように筆者はあらゆるテーマで日常に潜む経営の失敗について書いている。

そして、

本書を読んでいただければ、さまざまな比喩から類推するかのように真の経営の姿を共有できるはずだ

ーーこのような形で、読者は人生における「経営」について一つの視座を得ることができる。『世界は経営でできている』は、このような新書である。

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このブログは経営でできている

そしてこの本を読み終わると、実際に本書で学んだ考え方を当てはめてみたくなる。それこそ、私が最初にこの本は「感想を書きたくなる新書」であると書いた理由である。

さて、このブログも「経営でできている」

私はサーバー代とドメイン代をこのブログのために払っているので、狭義の意味でも私はこのブログを経営している。

もちろん、本書の定義に従った広義の「経営」も、このブログの運営にあたっては存在している。

そして、このブログは最近「経営の失敗」に陥っているように思えてならない。

 

ところでこのブログはもともと無料のブログサービスから始まったのだが、サーバー代程度は捻出できそうな見込みがあったので現在の形ワードプレス&独自ドメイン)に移行した。しかし、最近は更新をさぼっていたせいでもはやサーバー代が捻出できるか怪しくなってきた。(それに読んだ書籍代をこの書評ブログの必要経費として考えれば大赤字もいいところである)。

まさしく「経営の失敗」である

 

ただし、赤字だからといって必ずしも経営に失敗しているわけではない。

問題なのは、このブログが「価値創造」できているかである

私がこのブログ始めた目的は何かというと、読んだ本の記録をつけてアーカイブ化し感想を忘れないようになるためである。これが私にとっての「価値創造」だ。また読んだ本の記録をつけたいのであれば日記やノートに記せばよいだろうが、それなのにインターネット上に読んだ本の記録をさらしているのは、自分の感想を読まれるとちょっと嬉しいからである。あえてこのブログを読んでいただいている方にこのブログを読むメリットを挙げるとすると、生身の人間が書いた本の感想を読むことができるということにあるだろうか。(このブログではChatGPTなどでAI生成された文章を使用している箇所は今のところ一切ない)

つまりこのブログは、きちんと読んだ本の感想を書いてこそ「価値創造」が生まれるはずである。

このように考えると、このブログの最近の「経営の失敗」は、ひとえに更新頻度の少なさに起因するだろう(本自体は読んでいるが、感想を書いていないのだ)。そしてきちんと更新すれば、サーバー代程度はまかなえるようになるはずである(記事を増やそうが必要経費は変わらない)。

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おわりに

『世界は経営でできている』とは、このような本である。

最近『世界は〇〇でできている』というタイトルの書籍の多さにやや辟易しているところはあるが(軒並み売れている)、しかしそれは新書の一つの正解例なのだろう。新書とは基本的に、読者に「一つの知見」を与えるためにできている。『世界は〇〇でできている』という本を読むと、世界を見るときに「〇〇」という知見が一つ加わる。それは新書を読むことの面白さだと私は思う。

ぜひ興味を持った方は、本書を読んで、自分の人生について「経営」という考え方を当てはめて考えてみてほしい。

ところでエッセイ的なものかノベル的なものとで異なるものの、この本は、「経営学の考え方を高校野球に置き換えてみた小説」である『もしドラ』こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』に近い部分があると感じた(最近は「もしトラ」こと「もしもトランプが大統領に再選したら」のほうがよく聞くが)。