アメリカの国民的小説『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』を読む【あらすじ・感想・映画原作比較】

アラバマ物語

20世紀に書かれた最高の英米文学は? というランキングで、たいてい上位に君臨するのは、ジョイスやスタインベックなど日本でも馴染み深い作家の本である。

だが、アメリカ人がこのようなランキングを作成すると、たいてい上位にハーパー・リーの『To Kill A Mockingbird』という本が上位にランクインする(例えば、ラドクリフ社の「20世紀最高の英語の小説」ランキングだと4位)。

アメリカでは「一番の本」と称されることもあるこの本はどのような本なのか、ということをこの記事では紹介したい

アラバマ物語

「To Kill A Mockingbird」アラバマ物語 あらすじ

※ネタバレ注意 気になる方は飛ばしてください

 

作品は、作者ハーパー・リーの幼少時代の実際の体験に基づいている。

作品の主人公はジーン・ルイーズ・フィンチ(通称スカウト)であり、兄のジェムと父のアティカスと共に暮らしている。毎年夏になると隣の家にやってくる少年ディル(ちなみに作者ハーパー・リーは『ティファニーで朝食を』の作者トルーマン・カポーティと幼馴染であり、ディルのモデルはカポーティであるといわれている)と遊んだりして暮らしている。

近くにあるラドリー家に閉じ込められているという噂の、ラドリー家の息子ブー・ラドリーに興味を持ったスカウト、ジェム、ディルは、ラドリーの家で肝試しをしたりして、夏を過ごす。(こちらも余談ですが、ご存じの方はご存じ、90年代イギリスのバンドブー・ラドリーズの元ネタです)

夏が終わると、6歳のスカウトは学校に通い始める。

スカウトは、弁護士である父アティカスの影響もあり、6歳にして新聞を読みこなすなど聡明な少女であるが、それゆえに若い女教師に疎まれるなどするが、こうした経験を通して世の中のことを学んでいく。貧しいクラスメイトであるカニンガムや、黒人の家政婦カルパーニアとの交流も通じて成長する。

そんな中で、スカウトは学校生活で危機に陥る。

父アティカスが、白人女性マイエラ・ユーウェルを強姦した嫌疑をかけられている黒人男性トム・ロビンソンを弁護することになったのである。

当時、白人が黒人を弁護することについては、大きな差別意識があった。

正々堂々とトム・ロビンソンを弁護しようとしたアティカスは白人から目の敵にされ、スカウトも白人のそのような視線を感じることになる。

裁判が始まる前、マイエラの父・ユーウェルは、白人の仲間を引き連れて留置所にいるトム・ロビンソンを襲撃し、リンチしようとする。ーーその中には、アティカスのことを普段は尊敬しているような人々も多く含まれていた。

アティカスはユーウェルの動きを予測し、白人の集団に立ち向かう。スカウトは、父の危険を感じて留置所に向かう。

スカウトは、白人の集団の中にクラスメイトであるカニンガムの父親がいるのを認める。そこでスカウトはカニンガムに息子の話をすると、カニンガムは集団から離脱することを決める。ロビンソンをリンチしようと息巻いてユーウェルに従っていた白人たちは、熱気を失っていつもの善良な農民に戻る。

裁判当日、アティカスは理論的にマイエラ・ユーウェルを追いつめてトム・ロビンソンの無罪を証明したかに思えたが、陪審員はトム・ロビンソンに有罪の判決を下す

ーーだが、陪審員には一人だけトムの無罪を主張する者がいた。それは、先日トムへの襲撃に参加しようとしたカニンガムの一族の人間だった。

アティカスは、上告すれば勝てると言ってトム・ロビンソンを励ます。

ーーしかし、希望を失ったトム・ロビンソンは、刑務所の中で発狂して逃亡を企て、射殺されてしまう。

また夏が来て、秋になっていた。

アティカスは、いままでは恵まれた環境にいると思っていたディルが、複雑な家庭環境にあり、今までほらを吹いていたことなどを知るなど、多くのことを学んでいく。

トム・ロビンソンが死んでからも、ユーウェルはアティカスがトム・ロビンソンの弁護をして自分たちを追いつめたことが気に入らず、復讐の時を待っていた

ハロウィンの日に、スカウトとジェムは、ユーウェルに襲撃される。ユーウェルは、刃物で兄妹を刺殺しようとした。

ーーだが、そこで何者かがスカウトとジェムを助ける。

兄妹が襲撃された現場では、ユーウェルが返り討ちにされて刃物で刺されて死んでいた。

スカウトは、狂人だと思われていたブー・ラドリーが自分のことを助けてくれたことを知る。そして、ブー・ラドリーは狂人ではなく、人づきあいが苦手なだけであることも知る。

ブーを英雄にすることもできたが、ブーがそのようにして注目を集めるのはブーにとって望ましくない、とアティカスは言う。

事件の真相はアティカスと兄妹、保安官、ブーだけの秘密となる。

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映画「アラバマ物語」の原作

日本ではこの本は「アラバマ物語」として知られている。アラバマと言えばアメリカ南部、黒人差別の根強かった地域である。

またこの作品は、「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーンと共演したことでも有名なグレゴリー・ペックの主演で、この作品は映画化されている。

(なお、グレゴリー・ペックはアラバマ物語でアカデミー賞主演男優賞を受賞した)

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この映画はアメリカの映画史に残る作品とされており、グレゴリー・ペックの演じたアティカス・フィンチは2003年にアメリカ映画協会の選ぶ映画ヒーローの第1位にも輝いたことがある。

このランキングで2位はインディ・ジョーンズ、3位はジェームズ・ボンドだったといえばそのすごさはわかるだろう。

しかし、映画版と小説版には細かだが多くの違いがある。

映画「アラバマ物語」と原作小説との違い

当然ながら映画版は、原作を圧縮している。それゆえに、次のような点は変更ないし簡略化されている。

映画版のあらすじはWikipediaなどをご参照いただくとして、以下では映画版を原作小説と比べた時の感想を記しておこう。

・スカウトとジェムの友人、ディル(前述の通り、モデルは『ティファニーで朝食を』の著者トルーマン・カポーティの幼少時代)の描き込みの中途半端さ。

・なぜスカウトとジェムは黒人牧師と知り合いなのかが明らかにされていない(小説ではその理由も描かれる)。

・ユーウェルの単純な「悪役化」に伴う、カニンガムの役割の低下。

・トムの死に方の違い(これは、明らかに小説版の方がよかったと思う)。

少し映画の欠点をあげつらっているようになってしまったが、映画の方が良い場面もある。メイエラの描き方は映画の方が優れていたと思うし、ロバート・デュバルのデビューとなった役であるブーは、小説の描き方の上を行っていた。

ネタバレになるので伏せるが、最後のブーについての語りは、映画版の方が私は好きだった。

映画だからこその名場面も多かったし、「アラバマ物語」は、非常によくできた映画として薦めたいと思う。

このように映画『アラバマ物語』では、原作小説から強調している部分も多く、その点の描写は優れている。

しかし私は、どうしても映画版は原作小説で最も重要なテーマの一つが欠落してしまっているのではないかと思うのである。

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小説版『アラバマ物語』感想・考察

私が、映画版は小説版に劣ってしまうと思う理由は、小説の描こうとしたテーマが描けていないからである。

もちろん、この小説のテーマは、弁護士である父・アティカスが黒人差別に真っ向から立ち向かうことを通じた主人公スカウトの心の成長なのである。この点を描いているのは、映画も同じである。

だが、小説版で描かれる、次の台詞で端的に表されるようなテーマこそ重要ではないのか。

「彼らと、理性のあいだに、なにかが入りこんできたというわけで、(中略)ーー彼らは努力はしてみるんだが、公明正大になれないんだ。」

本来ならば優しい人間でも黒人差別をする。それは、理性との間に「何か」が邪魔をしてしまっているからなのである。

こうした、「なぜ『優しい人』が黒人差別をするのか?」という問いこそが、この本の重要なテーマではないかと思うのである。

小説におけるカニンガム一族の役割

あらすじでも言及したが、小説版で、カニンガムの一族は映画版よりも大きな意味を持つ。

彼らは、本来は善性を持った人間である。だが、なぜだか黒人のことになるとまともな評価を下せなくなってしまうのである。そして、トムへの私刑を衝動的に企てる。

だが、スカウトとアティカスによって改心したカニンガム家の陪審員は、ただ一人トムは無罪ではないかと提起し場を紛糾させるーーこれが、陪審員の審議の長引いた理由である。

(この顛末は映画版では示唆にとどまる。)

この、どうして人は差別をしてしまうのか? というテーマこそ、普遍的であり現代においても作品が価値を持つ理由ではないかと思う。

『To Kill a Mockingbird』という題に込められた意味

このようなテーマは、「To Kill a Mockingbird」という題にも表れているのではないか。「モッキンバード(モッキングバード)」とは、「ものまね鳥」のことらしい。美しく鳴き、誰のことも傷つけない存在として描かれる。

「罪のないものを傷つけるーーto kill a mockingbird」ということだけはしてはいけない、という公理にさえ従えば、世の中はよくなり差別もなくなるのではないかーーというのが、作品に込められた願いなのではないかと考えた。

ラストのシーンでアティカスは、自らの信条を曲げたかのようにも見える。

法廷で真相を明らかにすることを重視するアティカスが、それをしないというのは、矛盾しているようにも思える。

だが、それはブー・ラドリーに「罪のないものを傷つけてはいけない」という公理を当てはめたからではないか、と私は思う。

ここからわかるのは、アティカスは決して「法律」を固く守る人間というわけではなく、自分が「正しい」と思う行動をする人間だということである。

だから、アティカスはヒーローなのでだ。

おわりに

この記事では映画版との比較に重点を置いたが、映画版にも小説版にも共通するテーマはある。

それは、作品を貫く黒人差別や不正への強い抵抗の信念である。

現代のアメリカ人の道徳観を形成した本としても、この本は大きな意味を持っている。読む価値のある一冊である。

2023年6月22日追記 上岡伸雄訳の新訳版が登場。
この本が新しく多くの人に読んでもらえるのはうれしいことです。

▼英語版

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「アラバマ物語」を語る上では、作者ハーパー・リーの幼馴染であり、作中のディルのモデルでもあるトルーマン・カポーティは外せない。

なお、カポーティの小説『冷血』は実在の殺人事件をモデルにしたノンフィクション・ノベルであるが、ハーパー・リーがカポーティの助手として取材に同行した。冒頭ではハーパー・リーに献辞が捧げられている。

ノーベル文学賞作家フォークナーも、『アラバマ物語』同様にアメリカ南部を描いたアメリカ文学の大家として知られている。

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