ジョージ・オーウェルと言えば監視社会を描いた『一九八四年』が有名だが、オーウェルの出世作である『動物農場』も代表作として知られている。
『動物農場』(Animal Farm)は、副題が「おとぎばなし」(A Fairy Story)であるように、動物たちを主人公としたおとぎばなしである。物語はとても短く、小学生でも「ちょっとブラックな作品」として楽しめてしまうような作品である。
しかし、やはり『動物農場』は今の社会へも多くの示唆を含んでいる作品だと思うのである。
『動物農場』あらすじ
物語の舞台は農場。 主人公は動物たちである。
マナー牧場では、動物たちの間で農場主ジョーンズ氏への不満がたまっていた。
年老いた雄豚のメージャー爺さんは、毎晩動物たちを集めて、人間からの独立を唱える。
「人間」こそ、われわれの唯一の、真の敵である。
人間をこの農場より追放せよ。
この言葉に動物たちは熱狂した。
しかし、メージャー爺さんはまもなく息を引き取る。
メージャー爺さんの遺志は、雄豚のスノーボールとナポレオンが後を引き継ぐ。二匹はメージャー爺さんの思想を「動物主義」とまとめあげ、動物たちを指揮してジョーンズ氏に反旗を翻し、農場から追い出すことに成功する。
農場は「動物農場」と改名され、きまりとして「七戒」が宣言された。
七戒
一、いやしくも二本の脚で歩くものは、すべて敵である。
二、いやしくも四本足で歩くもの、もしくは翼を持っているものは、すべて味方である。
三、およそ動物たるものは、衣服を身につけないこと。
四、およそ動物たるものは、ベッドで眠らないこと。
五、およそ動物たるものは、酒を飲まないこと。
六、およそ動物たるものは、他の動物を殺害しないこと。
七、すべての動物は平等である。
……だが、動物たちといっても知能はさまざまである。この「七戒」を覚えられる動物も、そうでない動物もいる。
「動物農場」の主導者は、知能の高いブタになっていく。その中でも、革命を主導したナポレオンとスノーボールが、リーダーとなる。
次第に、スノーボールとナポレオンは農場の運営方針を巡って対立を深める。
スノーボールは演説が上手く、会議では多くの支持を集めていた。しかし、ナポレオンはひそかに自分への協力者を増やしていった。
ある会議のさなか、スノーボールは9匹の犬に襲われ、農場を追われる。――9匹の犬は、ナポレオンが仔犬のうちから「動物主義」を教え込ませた、ナポレオンの手駒であった。
ナポレオンは、独裁者となっていく。革命に大きな功績のあった雄馬のボクサーも、けがをして使い物にならなくなると処分される。都合の悪いことはすべてスノーボールのせいにされ、「七戒」も次第に都合よく書き換えられていく。
そしてついに、「動物農場」のブタたちは二足歩行をはじめ、人間たちと交際を始めるのであった……
『動物農場』考察
ご存知の方も多いと思うが、『動物農場』はソ連を風刺している。
ナポレオンがスターリンで、スノーボールがトロツキーである。メージャー爺さんはレーニンである。
スターリンは秘密警察を動かし、大粛清を行うなど恐怖政治を行った。――まさに、作中のナポレオンと同じようなことを行ったのである。
ソ連は解体された。しかし『動物農場』が読む意味を失ったわけではない。
『動物農場』はスターリン批判に目が向きがちだが、むしろ本来の意味では「動物農場」が敵と見做したものは資本主義社会なのであるから、私たちは動物農場で批判される立場にあるのかもしれない。
『動物農場』は、今なお面白く、多くの示唆に富んでいる。
動物の知能の差がもたらすもの
個人的に「動物農場」の設定でいちばん面白いと思っているのは、動物たちのもともとの知能の差だと思う。
結果的に、知能の高いブタ(そして犬)が権力を握っていくのだが、知能の低い動物はまったく作中で活躍しないのかといわれると、そうではない。
羊などは「七戒」も覚えることができないほどの知能であり、それを案じたスノーボールは「四本脚は良い、二本脚は悪い」という短縮形の格言を作り出す。
――しかし、この単純化は、結果的にスノーボールの首を絞めることになる。
羊たちは、ただひたすら「四本脚は良い、二本脚は悪い」を連呼する存在となり、健全な議論は阻害されるようになる。
オーウェルの代表作『一九八四年』でも、管理国家で「新しい言語の使用(ニュースピーク)が強制される」という設定があるが、言葉の重大さという点では似ている。
ひたすら無思考に「四本脚は良い、二本脚は悪い」を唱え続ける人々の存在は、「一つのスローガン」を植え付けることが、何を意味するかの示唆に富んでいるだろう。
世の中は、そこまで単純ではない。
現代社会に敷衍して考えても、無思考に賛成したり反対したりせず、「なぜ良いのか」「なぜ悪いのか」を多くの人に考えてみてほしいと思うことが多々ある。私たちは羊ではないのだから。
ブタの視点に立って
また、『動物農場』はブタの視点に立てば、「理想を求めて革命を起こしたが、結局自分自身が、かつての自分が忌み嫌っていたものになってしまった」という話である。
たとえば完結した『進撃の巨人』は、中盤以降主人公エレンが「もともと嫌っていたものに堕落していってしまう」というようなストーリー展開になるが、ある意味では『動物農場』も同様である。
だが、『動物農場』におけるこの図式は、現代社会と比較すると色々と考えさせられるものがある。
帝国主義や資本主義を忌み嫌っていた国は、いまどうなっているだろうか?――もし、ここまでオーウェルが予測出来ていたら、オーウェルは本物の天才だろう。
……扇動される民衆に、資本主義・帝国主義化する社会主義国家。歴史は繰り返すのだろうか?
ほのぼのとした文章に潜む恐怖
『動物農場』は、ここまで書いてきたように、政治的な側面の強い作品としてとらえられることが多い。
しかし、『動物農場』のもう一つの魅力としては、動物の描写の巧みさがある。
オーウェルはミャンマー(ビルマ)居住経験を持つが、そこで多くの動物と触れ合ったのか、動物について非常にほのぼのとした愛のある描き方をしている。
(ちなみに『サキ短編集』で知られる小説家サキも、オーウェル同様にビルマに居住経験を持ち、動物の描写に長けている。)
このような一見ほのぼのとした文章だからこそ、簡単に読める一方で、ぞっとする怖さがあるのである。
藤子・F・不二雄も『ドラえもん』と同じほのぼのとした絵柄でブラックなSFを描いているが、その絵柄が逆に怖さを引き立てている面はある。それが、『動物農場』でも同じことを言えるのである。
おわりに
今回改めて『動物農場』について調べてみたが、『動物農場』は出版されたのが1945年8月17日だったことを知った。
日本が降伏する前から、英米とソ連の冷戦は始まっていたも同然なのだなあ……
色々な意味で、歴史が繰り返さないことを願う。
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▼本記事は角川文庫版に準拠した
岩波文庫版の役者の川端康雄さんは、昨年岩波新書で オーウェルの評伝『ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌』を書いている。
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