ブタ・牛・昆虫… 動物たちを「裁判」にかけて処刑した文化の謎を解く!?ー池上俊一『動物裁判』書評・感想

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最近、各書店の新書売り上げランキングなどで、池上俊一『動物裁判 西欧中世・正義のコスモス』(講談社現代新書)という本が上位にランクインしていることが多い

この本は30年も前の本なのであるが、どうやら、ラジオ番組をきっかけにある書店が売り出したら爆発的に売れ出したらしい(ソースは講談社現代新書のサイト)。

この「再評価」された本であるが、かつてそこまで有名でなかったのが不遇だと言えるくらい、非常に面白いのである。

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「動物」を裁判にかける事例の数々

本書はいきなり、中世ヨーロッパのある村で「ブタが子供を襲って殺し、食べてしまった」というショッキングな事件の紹介から始まる。

 

かなりショッキングな事件である。だが、それ以上に衝撃的なのは、この事件に対する村人の対応である。

母ブタと仔ブタたちは、「現行犯」で逮捕された。

ブタたちは、領主である貴婦人が牢に入れた

ーーここまでは、理解できる。だが、問題はここからだ。

 

村人たちは、ブタを裁判にかけたのである。それも、弁護人までもが用意されて。

裁判は(中略)多くの司法官と証人をあつめて開かれた。

(中略)

検察・弁護双方の活発な応酬があり、証人たちの証言も十分きかれた。(中略)六匹の仔ブタの共犯性については、とくに喧々囂々、議論が続いた。

(中略)

六匹の仔ブタにかんしては、たしかに血だらけになって発見されたけれども、殺人に積極的に関与し、子供を食べたという証拠はなにもないとして、無罪になった。

ーーこの記述からも、この裁判が形式だけの物でなく、判決は非常にしっかりとした審議が行われた結果であることがわかるだろう。

 

突拍子もない行動に思える「動物裁判」であるが、実は中世ヨーロッパには普遍的にみられるものであった。

本書前半部では、中世ヨーロッパでどのような「動物裁判」が行われたのかの事例を数多く紹介する。

 

しかし、中世ヨーロッパ以外にも目を向けてみるとどうなるだろう。実は中世ヨーロッパ以外だと、「動物を裁判にかける」という行為は世界でもなかなか見ることができないのである。

ーーつまり、「動物裁判」こそが中世ヨーロッパの特質と言っても過言ではない

 

本書は、「動物裁判」という、現代の視点では特異で不合理な行動が受け入れられた背景を探る。


 
 

「動物裁判」と中世ヨーロッパの精神世界

著者は、「動物裁判」の謎を解明するには、裏にある当時の世界観を探求する必要があると考える

 

現代の目線からは不合理な「動物裁判」の理由を探るために、従来様々な説明が考えられてきた。

・いわば人間の代替として動物を使った「公開処刑」と動物裁判をとらえるような「見世物説」

・民衆が「法」握っていた時代の「パロディー説」

・動物に憑いた悪魔などを断罪する「アニミズム説」

などの説である。

 

ーーだが、筆者はいずれの説も十分説明できていないとする。

そして、当時の人々の世界観に踏み込む。

自然を人類が掌握する過程での「動物裁判」

筆者は、中世という時代が、人類が自然を征服する過程であったことに着目する。

動物裁判とは、まさに自然界にたいする独善的な人間中心主義の風靡した時代(13世紀から17世紀)の産物であった。

本書は、そのような背景も丁寧に裏打ちしていく、優れた歴史研究書でもある。

 

「動物裁判」というテーマから、ヨーロッパ中世という広いテーマの考察へと目線を広げ、最終的に動物裁判に帰着させる本書の構成は非常に優れている。

今、中世ヨーロッパの世界観を考えるということ

著者の池上先生は、最後に深い考察をしている。

動物裁判はおわった。わたしたち現代人は、動物を人間同様な裁判にかけてしまうという愚行を笑うことができる。

(中略)

けれども、動物裁判を生み出したヨーロッパ文明、とりわけその自然との関係は、今や世界中でのっぴきならない弊害をバラまいている。

啓蒙主義と科学的合理主義の近代世界は、動物裁判を克服したが、自然の領有(征服・搾取・改変など)のプロセスはあともどりできず、ついにゆくべきところまでたどりつき、もう一刻も猶予を与えないような、危機的な様相をうみだしてしまった。

「自然を征服する」という、私たちが常識だと思っている観念をも、考え直す必要があるのではないだろうか。

ーー30年前の指摘であるが、その慧眼には恐れ入る。

 

今や、動物や自然環境が、人間を裁判にかける時代なのである

おわりに

この本『動物裁判』は、非常に興味をそそられる歴史上の事件を題材としている。

タイトルだけで興味を引くような、キャッチ―な本である

 

だがこの本は同時に「動物裁判」というニッチなテーマから、中世ヨーロッパ・自然との付き合いまで考えさせる、非常な深みを持った本でもある

 

また、この本は面白く読める歴史の入門書としても非常に優れている。

近代まで「歴史」とは、たとえばアレキサンダー大王などといった「偉人」を中心に語られるものであった。しかし、社会の名もなき民衆にも光を当てようという研究が20世紀から盛んになった。これをアナール学派というが、この本は「アナール学派」の学とは何たるか? というものについて理解することのできる、非常に優れた本ではないかと思うのである。