不眠の子守唄

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コンラッド『闇の奥』ー「文明」と「野蛮」の対立と親和【あらすじ・感想】

先日、日本語を母語としない台湾出身の李琴峰さんが、『彼岸花が咲く島』で第165回芥川賞を受賞した。母語以外での作家活動なんて私には想像もできないくらい大変だと思うが、基本的に日本語で読書をする一読者としては、李さんのような作家の活躍は非常に嬉しいことだと思う。

ところで母語以外で創作活動を行った作家は、海外では超有名作家にも多い。

英語で『ロリータ』を書いたナボコフはロシア出身であったし、フランス語で『存在の耐えられない軽さ』を書いたクンデラはチェコ出身だ。あとはアゴタ・クリストフとか。

このような作家として彼ら同様に有名なのは、ポーランド出身で英語によるジョゼフ・コンラッドである。今回は、コンラッドの代表作『闇の奥』を取り上げたい。

闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

『闇の奥』あらすじ

『闇の奥』は、ある夜船の上で、マーロウという男が彼の昔の体験談を語り始めるところから始まる。

 

マーロウは各国をまわった船乗りであったが、ある時、マーロウが未だに行ったことのない地であるアフリカに行くことを思い立つ。

マーロウはパリにいる叔母のコネクションを利用し、ある船の船長の職を得て、その貿易会社のアフリカの出張所に赴く。

 

出張所は、コンゴ河の中腹にあった。

マーロウはそこで植民地の実態を目の当たりにする。

 

出張所でマーロウは、クルツという男の噂話を聞く。クルツは川の上流に詰めている非常に優秀な代理人で、常人には不可能なほどの量の象牙を集めてくるのだという。

出張所の白人たちは、クルツに対して殺意のこもった嫉妬と称賛のの入り混じった評価をする。マーロウは、そんなクルツに興味を抱く。

だが、そんなクルツは、病魔に侵されているという。

 

しかしマーロウは蒸気船の故障のため足止めされており、故障した蒸気船を直そうと奔走する。

 

蒸気船を修理したマーロウは、出張所の支配人と「巡礼」と呼ばれる現地人たちを引き連れ、蒸気船で河を遡行してクルツのもとで向かう。

河の上流では、クルツは現地人たちに神のように崇められていた……。

マーロウはクルツを救出し、クルツの臨終に立ち会うことになる……。

 
 

『闇の奥』感想

『闇の奥』はこのような物語であるが、表現や言葉遣いも平易というわけではなく、やや難解な作品である。一見すると人種差別的な表現も多い。それをもってしてこの作品が人種差別的だと決めつけるのは軽率だが、かといって明確に人種差別に反対するような作品ではないように思う。

ーーというわけで、この作品は人には薦めにくい作品かも知れない。

 

だが、この作品は長く読み継がれるだけあって、現代の社会にも深い問いかけをなす作品であるように思う。

 

『闇の奥』を読んだ感想としては、かなり単純化してしまえば、この作品は「文明」と「野蛮」の戦いを描いているということである。

 

『闇の奥』の内容に戻るが、この作品で最も象徴的な人物はクルツである。

 

クルツは、当初西洋的な価値観を持った人物であった。キリスト教的で「近代的」な価値観である。

クルツは、アフリカ奥地の原住民を「文明」の側に教化する目的をもって、アフリカの奥地に赴いたのである。

ーーしかし、クルツがアフリカ奥地で、原住民たちに神の如く崇められていたのは、先述の通りである。

クルツは、原住民の支配者へと適応し、変貌した。

詳細は本書で読んでいただきたいが、奥地でのクルツの言動は、まさに「野蛮」に属すものであった。

 

なぜクルツは変わってしまったのか。

 

マーロウは、アフリカの奥地という環境が「人間に許された野心の埒を踏み越えさせたのに相違いない」と述べる。マーロウは、人間の本性は「野蛮」であると考えていたのだ。

『闇の奥』の原題は「Heart of Darkness」だが、これは場所としての「闇の中心」と、人間の心に潜む「闇の心」二重の意味になっているのだろう。

倫理的だと評価されていたような人間でも、何かしらのタイミングで「闇の心」が表出してしまうことは、よくあることなのである。

 

現代社会でも、近代的な「文明」と、前近代的な「野蛮」の戦いは随所で見られる。

そして、現在の社会は「文明」の敗北が目立っているように思う。

ーーだが、そのような結果となる理由の一つは、クルツのように「文明」の本性も「野蛮」であるからではないのか。

「文明」を担っている人間は、そもそも「野蛮」な存在なのではないのかーー。

だとすると、私たちが「文明」だと思っているものは、一体何なのだろうか?

 

私はここで「文明」「野蛮」という言葉をやや軽々しく使ったが、これはあくまで鍵括弧付きの「文明」と「野蛮」である。

要するに、「文明」や「野蛮」と評価されるようなものも、結局どちらが優れているのかはわからないのだ。

 

『闇の奥』は、そのようなことを考えさせる作品であった。

 
 

おわりに

このような「文明」と「野蛮」はこの作品のテーマの一つではあるが、もちろん『闇の奥』は他にも多くのテーマを包含した作品であり、それゆえ歴史的な名作とされている。

また、冒頭に述べたようにコンラッドはこの作品を母語でない言語である英語で書いたわけであるが、コンラッドの作品は、彼の数奇な人生などに思いをはせて読んでも面白い。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてほしい。

 

ちなみに『闇の奥』の光文社古典新訳文庫版は、Kindle Unlimitedという定額読み放題サービスで読めるので、こちらも合わせてお薦めしておきたい(初月無料、記事投稿日時点)。他にもいろいろな古典的名作を読むことができるサービスである(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。

KindleはスマホやPCのアプリでも読むことができるので、体験したことがない方は一度試してみてはいかがだろうか。

▼岩波文庫版の中野好夫訳も有名だが、やや読みにくいのは確か。

▼フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』は、『闇の奥』を原作とし、舞台をベトナム戦争に翻案した作品。

 

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