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『若きウェルテルの悩み』でウェルテルはなぜ自殺したのか【あらすじ・感想】

「ウェルテル効果」という言葉がある。

有名人の自殺がマスメディアによって報道されると、それに影響されて自殺者が増える現象を表す言葉である。この名前は『若きウェルテルの悩み』の主人公ウェルテルにちなみ、この現象を実証した社会学者ディヴィッド・フィリップスによって名付けられた。

『若きウェルテルの悩み』は、1774年にドイツの詩人ゲーテによって書かれた古典的作品であるが、ここでは作中で「なぜウェルテルは自殺したのか」という観点を軸に、この作品について考えてみたい。

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

『若きウェルテルの悩み』あらすじ解説

はじめに『若きウェルテルの悩み』がどのような作品であるのかについて、軽くあらすじを紹介したい。

 

若く芸術家気質のウェルテルは、新しい村での生活を始める、

そこで、村の人々と交流をする中で、シャルロッテ(ロッテ)という娘に出会う。

(余談だが、チョコパイなどで有名な菓子メーカーのロッテの社名は、シャルロッテに由来する)

シャルロッテは母の死後、幼い弟や妹の世話など家事全般を取り仕切る、純朴な女性であった。

だが、シャルロッテには、アルベルトという婚約者がいた。

そのことを知っているにもかかわらず、ウェルテルはシャルロッテに惹かれていく。

ウェルテルとシャルロッテは、友人として親しく交際する。

 

しかし、彼女の婚約者であるアルベルトが登場すると、ウェルテルは苦悩し、シャルロットのもとを離れる。

ウェルテルは新しい土地で官吏として働く。新しい場所で出会いもあったものの、官僚気質の職場に馴染むことができず、ウェルテルは仕事を辞めてしまう。

 

官職を辞したウェルテルはふたたびシャルロッテのもとに向かうが、すでにシャルロッテとアルベルトは結婚していた

シャルロッテはすでに結婚したこともあり、ウェルテルが以前のように頻繁に訪問しないことを望む。

 

ウェルテルの自殺願望は日増しに強くなっていき、ウェルテルはついに自殺してしまう。

 
 

『若きウェルテルの悩み』感想

客観的に『若きウェルテルの悩み』を読んでみると、ウェルテルは愚か者に思えてしまう。

死者を愚か者と評するのは敬意に欠けるように思われるかもしれないが、すでに婚約している女性と結婚できなくて絶望するのは、あまりにも当たり前の帰結である。

それで絶望に駆られて自殺してしまうとなると、少し同情できないところがある。

 

だが、そう思ってしまうのは私が燃えるような恋をしたことがないからなのかもしれない。

作者ゲーテは晩年

もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じるような時期がないなら、その人は不幸だ

と語ったという。(岩波文庫版解説より)

『若きウェルテルの悩み』は、250年近く読み継がれている作品なだけあって、今読んでも共感できたり面白かったりする部分は多い。

しかし、現在の私は『若きウェルテルの悩み』が「自分のための本」だとまでは思うことできなかったし、過去の自分でもそうではないかと思う。

つまり私は、ゲーテによれば不幸な人間ということになる。やや不服ではあるが......

 

だが、私と違ってかつて燃えるような恋をした自覚がある人なら、ぜひ『若きウェルテルの悩み』を読んで、この作品が「自分のために書かれた」と思えるかどうかを試してみてほしい。

きっと、盲目的な愛に苦しむウェルテルに共感できるはずだ。(絶対に自殺はしないでくださいね)

ウェルテルはなぜ自殺したのか?

しかし、私もウェルテルの自殺に、まったく共感できないというわけではない。

ウェルテルがなぜ自殺したのか、ということを考えたときに、その理由もなんとなくわかるのである。

ウェルテルの自殺観の考察

作中、ウェルテルとアルベルトが自殺について語る場面がある。

アルベルトはどんな事情があったとしても自殺は許しがたい行為であるとするが、ウェルテルは自殺を擁護する。

 

アルベルトは、ウェルテルも善人であると認めている。しかし官僚的で生真面目なアルベルトは、ウェルテルとは全く性格が違うのである。

ウェルテルの絶望には、シャルロッテが「自分と全く違うタイプの男」であるアルベルトと結婚したという理由もあるように思う。ウェルテルはアルベルトを友人として憎んでいるわけではないが、二人は正反対の人間である。だからこそ、ウェルテルにとってシャルロッテがアルベルトと結婚するのは、許しがたかったのではないか。

ーーそんなことも思うが、少し話がそれた。ウェルテルの「自殺観」についての話題に戻りたい。

 

自殺は弱いものがすることだというアルベルトに対し、ウェルテルは反論する。

強いか弱いかが問題じゃなくて、自分の苦しみの限度を持ちこたえることができるかどうかが問題なのだ。ーー精神的にせよ、肉体的にせよだ。

だからぼくは自殺する人を卑怯だというのは、悪性の熱病で死ぬ人を卑怯だというのと同じように少々おかしかろうっていうんだ。

アルベルトは、このウェルテルの反論を一蹴するが、私はウェルテルの言うことには一理あると思う。

 

たとえば現代でも一昔前であれば、鬱病も「弱い人」がなるものであると決めつけられていただろう。しかし、鬱病は実際には身体の機能の問題であり、強さ弱さといった軸では測れないことが最近では理解されてきている。ウェルテルのいった「熱病」と同じような捉え方をされているわけである。

そのようなことを考えたときに、私はウェルテルがシャルロッテと結婚できないことに対する苦悩に耐えられなかったことを否定する気にはなれない。

(もっとも、ウェルテル自身が元々そういう考えを持っていたから、彼自身が自殺へと傾いていったという事情はあるのだろうが。)

 

ゲーテは『若きウェルテルの悩み』で、生理的な現象としての恋愛や自殺を描いていると考えると、これは現代にも通じる(むしろ進歩的な)価値観なのではないかと思う。

ウェルテルの自殺方法について

だが、ウェルテルによる自殺の正当化に納得できたとしても、ウェルテルがなぜ自殺しなくてはいけなかったのかは、考える必要がある。

このことを考察するうえで必要なのは、ウェルテルの自殺方法についての検討ではないかと思う。

 

ウェルテルはピストルで自殺する。だが、このピストルはウェルテルの持ち物ではない。

アルベルトのピストルで自殺するのである。

 

ウェルテルは、アルベルトに旅に出ると告げる。そして護身用にピストルを貸してくれと頼むのである。ウェルテルの使いの少年に、シャルロッテはピストルを渡す。

ウェルテルは、ロッテが自分でピストルを少年に渡してくれたと聞いて、狂喜してピストルを受け取った。

「ロッテよ、あなたは手ずからぼくに武器を与えてくれた。かねてあなたの手から死を享けたいと念じていたのに、ああそれが実現するのだ」

ウェルテルは、シャルロッテが触れたピストルで自殺できることに歓喜する

間接的に「シャルロッテに殺される」ことになったことに喜ぶのである。

 

ウェルテルはシャルロッテのことを「憎めはしない」というが、私はこれはウェルテルの復讐だと思う。

このピストルで自殺したら、シャルロッテはウェルテルの使いにピストルを渡したことを一生後悔するだろう。ウェルテルは、シャルロッテに生涯記憶されることを望んだ。

そしてアルベルトも、罪悪感を抱くことになるだろう。それがアルベルトへの復讐なのである。

 

愛した相手に一生記憶されたいと思い、時にはそれが歪んだものになってしまうのは、共感できる。

ウェルテルはそう思い、アルベルトとシャルロッテから借りたピストルを用いて自殺したのである。シャルロッテに生涯記憶されるために。

 

 

おわりに

『若きウェルテルの悩み』は、あらゆる意味で画期的な小説であったとされる。18世紀当時、『若きウェルテルの悩み』のように人間の生き方についての考察をテーマとしたフィクションは、ほとんどなかった。この作品が、今日の文学の礎を築いたのである。

また、本作はナポレオン・ボナパルトをはじめとする歴史上の偉人たちにも愛された小説であり、読んでいる間はこのような偉人と同じ経験を追体験することができる。

そして、冒頭で紹介した「ウェルテル効果」も、本作発表後にウェルテルを模倣して自殺者が続出したからつけられた名前である。自殺を誘発しすぎたせいで『若きウェルテルの悩み』は禁書となっていたこともあるという。

 

そのような歴史的価値も『若きウェルテルの悩み』の魅力である。

だが、そうした歴史的な価値を抜きにしても、『若きウェルテルの悩み』は一読の価値がある小説だと思う。興味を持った方は一度読んでみてほしい。

 

▼本記事は新潮文庫版に依拠したが、岩波文庫版の方が訳が新しい。

ちなみにグーテンベルク21から出ている『若きウェルテルの悩み』のKindle版は、Kindle Unlimitedという定額読み放題サービスで読めるので、こちらも合わせてお薦めしておきたい(初月無料、記事投稿日時点)。

ちょっと訳が古いのは難点だが……。

Kidnle Unlimitedは他にもいろいろな本が読めて、おすすめである(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。

KindleはスマホやPCのアプリでも読むことができるので、体験したことがない方は一度試してみてはいかがだろうか。

若きウェルテルの悩み

若きウェルテルの悩み

  • 作者:ゲーテ
  • グーテンベルク21
Amazon

▼本記事は新潮文庫版に依拠した。

 

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