タイトルの通り、ゲイ(またはバイセクシャル)であることを公言しているか、死後明らかになっている男性ミュージシャンについてのまとめです。
私は同性愛者ではないので、マジョリティである非同性愛者がこうしたことを書くのは、いわゆる文化の盗用(カルチュラル・アプロプリエーション)の謗りを受けるかもしれません。しかし、ゲイやバイセクシャルなどLGBTQのアーティストが書いた音楽には深い疎外感を投影した内省的な歌詞が多く、性的志向はマジョリティだとしても多かれ少なかれ世間に対する孤独感を抱いている人には共感、あるいは共感に近い感情を覚えることができる音楽が多いのではないかと思います。
ここでは、LGBTQのミュージシャンについて10人(グループ)紹介し、彼らの音楽の中でも疎外感を映し出した曲や、おすすめの曲についてご紹介します。
1.マイケル・スタイプ(R.E.M.)
アメリカのロックバンドR.E.M.(アール・イー・エム、レム)のボーカルのマイケル・スタイプはゲイであることを公言しています。
あまり知られていない or 意外かもしれませんが、R.E.Mは村上春樹も愛聴しているバンドです(『村上ソングズ』)。
REMの代表曲の一つである「Everybody Hurts」は、「誰もが傷つくことはある」と歌う曲です。英語圏では落ち込んだときに聴く定番の曲のようです。
マイケル・スタイプの書く歌詞は難解で非常にわかりにくいのですが、「Everybody Hurts」は直情的でわかりやすいく、また歌詞も聞きとりやすいです。
R.E.M.で一番有名な曲は「Losing My Religion」(ルージング・マイ・レリジョン)でしょうか。こちらは「Everybody Hurts」よりも曲調はポップですが、歌詞はわかりにくいです。個人的には、得られない恋を歌った曲だと思っています。
R.E.Mはベスト盤よりもオリジナルアルバムを聴くのがおすすめです。一番のおすすめは、「Everybody Hurts」が収録されているアルバムである『Automatic For The People』(オートマティック・フォア・ザ・ピープル)です。このアルバムは、ニルヴァーナのカート・コベイン(カート・コバーン)が自殺した時にかけていたアルバムとしても知られています。
必ずしもポップではありませんが、最初から最後まで素晴らしいアルバムです。
2.フレディ・マーキュリー(クイーン)
ゲイのミュージシャンとしてもっとも有名なのは、イギリスのロックバンドQueen(クイーン)のボーカル・フレディ・マーキュリーではないでしょうか。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれているように、彼は同性愛者または両性愛者だといわれています。晩年は男性の恋人ジム・ハットンと交際していました。
フレディ・マーキュリーの曲からは、必ずしも彼が同性愛者であることを感じ取れるわけではありませんが、フレディ・マーキュリーは多くの素晴らしい曲を残しました。
(ボヘミアン・ラプソディは同性愛をテーマにしているという説があるようですが、この曲はどうとでも解釈できそうなので私としてはこの見解について判断はしません)
ちなみに一見するとカミングアウト的な曲に聞こえるクイーンの「I Want to Break Free」(MVではメンバーが女装している)は、フレディ・マーキュリーではなくベースのジョン・ディーコンが作曲した曲です。クイーンはバンドの4人全員が曲を書くバンドなので、クイーンの曲にはフレディ以外の曲も多いです。
なお、現在クイーン+アダム・ランバートとして活動しているアダム・ランバートも同性愛者であることを公言しています。
3.ジョージ・マイケル(ワム)
80年代にポップな音楽で日本を含め世界中で支持されたイギリスの音楽デュオWham!(ワム)のボーカルとしても知られるジョージ・マイケル(George Michael、2016年没)も、ゲイとして知られたミュージシャンでした。(ワムのもう一人のアンドリュー・リッジリーは異性愛者)
ワム時代に発表された「Last Christmas」(ラスト・クリスマス)は実質ジョージ・マイケルのソロで、日本での彼のもっとも有名な曲だと思います。皆さん一度は聴いたことがあるでしょう。私は人生で最初に聴いた記憶を持っている洋楽は、この曲です(クリスマスシーズンに近所のスーパーで流れていたため)。
ジョージ・マイケルがゲイであることをカミングアウトするきかっけとなったのは、1998年に公衆トイレ(いわゆるハッテン場)でおとり捜査の警察官に精器を露出し、公然わいせつで逮捕されたことでした。
非常にスキャンダラスな事件にもかかわらず、スキャンダルを「恥」とせずにゲイであることをカミングアウトし活動を続けたジョージ・マイケルの姿勢は、性的マイノリティの人々から支持を集めたようです。「Outside」という曲のミュージックビデオは、この露出事件を積極的にパロディにしています。
ジョージ・マイケルはワム!時代はポップミュージックを書いていましたが、ソロ時代はブラックミュージックの影響が強い曲を書いています。
4.二ール・テナント(ペットショップ・ボーイズ)
イギリスのポップ・デュオでダンスミュージックのPet Shop Boys(ペット・ショップ・ボーイズ、PSB)のボーカルで歌詞を書いているニール・テナントはゲイであることをカミングアウトしています。PSBのもう一人のメンバーであるクリス・ロウは、自身の性的志向を明らかにしていません。
代表曲「It’s a Sin」(アルバム『Actually』収録)は「哀しみの天使」という原題無視の邦題がつけられていますが、「Sin」=「原罪」、すなわち自身が同性愛者であることを歌った曲で、事実ゲイをカミングアウトする歌とされています。(ただし、この曲がリリースされたときはニール・テナントはカミングアウトをしていません)
また、PSBはゲイのグループとして知られていた後述のヴィレッジ・ピープルの「Go West」などもカバーしています。
5.ルー・リード(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)
2013年に亡くなったルー・リード(Lou Reed)はゲイまたはバイセクシャルであり、厳格なユダヤ人家庭で育った彼は、性的志向を「正常」にするための電気ショック療法を幼少期に受けていました。
彼のソロ活動での代表曲「Satellite of Love」(サテライト・オブ・ラブ、『Transformer』(トランスフォーマー)収録)は、おそらく彼が性的マイノリティであることが投影されている曲ではないかと思います。
タイトルを和訳すれば「愛の衛星」ですが、「愛は傍観する方がいい」というようなことを歌っている歌詞は、恋愛からの疎外感を感じます。ピアノの伴奏が穏やかな名曲です。
ルー・リードは女性について歌った曲も多いですが、恋愛や性の対象としている感じは薄く、どことなく慈しみを感じる歌詞が多いです。
また、ルー・リードはヴェルヴェット・アンダーグラウンド(Velvet Underground)というロックバンドでの活動でも知られています。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、女性シンガーのニコを迎えたアルバムである『Velvet Underground & Nico』(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ)は、ロックを芸術に昇華させたと評価される20世紀の音楽史に残るアルバムです。
一番有名な曲は「Femme Fatale」(宿命の女、ファムファタル)または「Sunday Morning」(日曜の朝、サンデーモーニング)でしょうか。
このアルバムは20世紀を代表するアーティストであるアンディ・ウォーホルによってプロデュースされており(ニコの参加もウォーホルによる推薦)、有名なバナナのアルバムジャケットもウォーホルによるデザインです。
6.モリッシー(ザ・スミス)
80年代のイギリスの伝説的なロックバンドThe Smiths(ザ・スミス)のボーカルのモリッシーも、LGBTQのアーティストです。
モリッシーは自分のことを同性愛者ではなく「人類愛者」であると言っているのでゲイではないですが、『モリッシー自伝』で男性との交際経験を書いています。ただし、女性との結婚を本気で考えたこともあったようなので、本人が言うように「人類愛者」のようです(バイセクシャルとの違いはわかりませんが)。
モリッシーの歌詞は政治的なものも多いですが、究極のオタクソングと呼ばれるような報われない恋についての曲が多く、モテない異性愛男性からもカルト的人気があります。しかし、ここまでモリッシーの歌詞から社会からの疎外を感じるのは、彼が非異性愛者だからということもありそうです。
ザ・スミスの曲の中では「Half A Person」(ハーフ・ア・パーソン)などは、非常に巧妙に恋愛対象が男性であることを仄めかしている曲、というのがファンの間では通説になっています。
ザ・スミスで一番有名な曲は、このブログでも過去に紹介したことがありますが、「There is a Light That Never Goes Out」(ゼア・イズ・ア・ライト)でしょうか。
ザ・スミスも、ベストアルバムを聴くよりはオリジナルアルバムを聴く方がおすすめです。詳しくは以下の記事に書きましたが一番おすすめなのは3rdアルバムの『The Queen Is Dead』です。
また、モリッシーのソロ時代を含めたアルバムの評価については『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者でもあるブレイディみかこさんの『いまモリッシーを聴くということ』がおすすめです。
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7.エルトン・ジョン
1960年代にデビューし現在も活動を続けている伝説的ミュージシャンであるエルトン・ジョンも、かつては女性と結婚していましたが、現在ゲイであることを公言しています。
エルトン・ジョンは歌詞は書かないので、歌詞にそのことが反映されているわけではありませんが、エルトン・ジョンがゲイであることを知るとまた違う味わいがあります。
8.ボーイ・ジョージ(カルチャークラブ)
80年代に活躍したイギリスのバンドであるCulture Club(カルチャー・クラブ)のボーカルのボーイ・ジョージは、男性として生まれましたがですが女性装をして活動していました。現在はゲイであることを公言しています。
装いの特徴とは対照的に、歌詞は必ずしもボーイ・ジョージの性的志向を反映したものではありませんが、「Do You Really Want To Hurt Me」(邦題は「君は完璧さ」)は、ボーイ・ジョージが、バンドのドラム担当のジョン・モス(もちろん男性)に失恋した際の歌だと言われています。
カルチャー・クラブは活躍していた当時は日本でもかなり人気があったようですが、ブラックミュージックを取り入れたサウンドとメロディーは今聴いても優れていると思います。
9.ヴィレッジ・ピープル
ゲイ・イメージを初めて前面に押し出して活動したグループは、Village People(ヴィレッジ・ピープル)と言われています。
ゲイのグループを作ろうという意図でプロデュースされたグループで、性的マイノリティゆえの苦悩を歌うというグループではないですが、ポップグループとして認められることによってゲイの地位向上に貢献したと評価されることもあるようです。
「YMCA」は西城秀樹の日本語カバーが有名ですが、ゲイを題材にした曲です。
ただし、メンバーのうちリードシンガーのヴィクター・ウィリスなどはゲイではなく、商業的にゲイグループを装った面もあるとされています。
10.井上涼
洋楽ばかり紹介してきましたが、日本人のアーティストも一人ご紹介します。
日本ではLGBTQを公言しているミュージシャンは少ない印象がありますが(私が昔の洋楽が好きなので知らないだけかもしれませんが)、NHKの番組『びじゅチューン!』などでの活動で知られる井上涼さんはゲイであることを公言しているアーティストです。
井上さんの独特の感性がにじみ出ている『びじゅチューン!』は私も好きな番組です。
(『びじゅチューン!』の公式サイトはこちら)
また、井上さんはLGBTQに向けた活動を数多くなさっています。
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以上、ゲイまたはバイセクシャルであることを公言しているミュージシャン10人の紹介でした。
ミュージシャンが性的マイノリティであることについては安易にカテゴライズすべきことではないようにも思いますが、LGBTQの当事者としてのメッセージを発していたり、また社会に対する強い疎外感を歌っていたりするアーティストとして、ここでは紹介させていただきました。
- 1.マイケル・スタイプ(R.E.M.)
- 2.フレディ・マーキュリー(クイーン)
- 3.ジョージ・マイケル(ワム)
- 4.二ール・テナント(ペットショップ・ボーイズ)
- 5.ルー・リード(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)
- 6.モリッシー(ザ・スミス)
- 7.エルトン・ジョン
- 8.ボーイ・ジョージ(カルチャークラブ)
- 9.ヴィレッジ・ピープル
- 10.井上涼
ゲイ小説(とも見られている作品)の書評です。