貴方はチョコレートが好きですか? 好きならば、なぜ好きなのですか? どのようなチョコレートが好きなのですか?
もしかすると、この上野聡「チョコレートはなぜ美味しいのか」は、この問いに対して科学的な答えを与えてくれるかもしれない。チョコレートをはじめとしたさまざまな食品の結晶構造を解析し、その理想形を追求する「食品物理学」という学問がある。
本書は、この食品物理学の扉を開く一冊である。
「チョコレート」という結晶
本書が着目するのは、チョコレートのココアバター部分である。
ココアバターは、脂質の結晶である。
ここに、チョコレートの美味しさの秘訣がある。
ココアバターは、30度台後半で急激に溶ける性質を持っている。
30度台後半で溶けるということは、人間の体温に触れた瞬間に溶けるということである。だから、チョコレートは口の中に入れた瞬間に溶けるとである。
その特質が、チョコレート特有の美味しさを作り出している。
本書で紹介されたエピソードで面白かったのは、「砂漠でも溶けないチョコレート」を開発したものの、それは口の中でも溶けないので非常に不味いものであったというものである。
チョコレートの美味しさは、結晶に大きく左右されているのである。
そしてココアバターの結晶の謎は、このような初歩的な点にとどまらない。
さらに本書は、ココアバターの結晶の中にも「6種類」の結晶があることを紹介する。
美味しいチョコレートは、Ⅴ型の結晶である
本書によれば、ココアバターの結晶の種類は以下のように6つあるという。
Ⅰ型…融点17℃、六方晶、不安定
Ⅱ型…融点23℃、六方晶、不安定
Ⅲ型…融点25℃、斜方晶垂直、不安定
Ⅳ型…融点28℃、斜方晶垂直、不安定
Ⅴ型…融点33℃、三斜晶並行、準安定
Ⅵ型…融点36℃、三斜晶並行、安定
このうち、美味しいのはⅤ型である。
結晶はⅠ~Ⅵ型の順にに変化する。
だから、チョコレートを作る際は、結晶をすべてⅠ~Ⅳ型のものをⅤ型にすると同時に、Ⅵ型にはならないように気を付けなくてはいけないのである。
(Ⅵ型…「ブルーム現象」をもたらすので美味しくない)
いかにしてⅤ型の結晶を生み出すかを、科学の力で解明するのが「食品物理学」の目標の一つなのである。
私たちと食品物理学
本書後半部では、実際に「食品物理学」がどのように役立っているのかが説明される。
聞きなれない「食品物理学」という言葉が、全くもって私たちの生活から縁遠いものではないことがわかる。
「ガルボ」は特許の成果である
まずは、チョコレートの具体例から。上の写真の「ガルボ」である。
「ガルボ」は、「クッキーの小さな穴」にチョコレートを染み込ませている商品である。
だが、普通のチョコレートフォンデュなどではそのようなことは難しいということを、少し経験がある方なら勘が働くのではないか。
細かい穴に染み込むように粘性を低くした(=高温にした)チョコレートを低温にするのでは、Ⅴ型の結晶は作れない。
この難題を可能にしたのが、ガルボの製法である。
すなわち、「格」となる結晶を用意することで、ココアバターをⅤ型の結晶になるようにするという製法である。
ガルボは特許によって作られているので、本書でも完全には書かれていないが、ガルボが従来のプロセスとは全く違う製法で作られているお菓子であることがわかり興味深かった。
マヨネーズ・マーガリンetc…
詳細は書かないが、本書の後半では、マヨネーズやマーガリンについても書かれている。
食品の世界には「技術的」に解明されていても「科学的」には解明されていないことなどもあり、課題が大きいことを知れて興味深かった。
後半はかなり研究的な記述が多くなり、当初とは違った印象も受けるが、実際にその世界の臨場感を知ることができて面白い。
おわりに
「チョコレートはなぜ美味しいのか」という本書の題は秀逸である。
だが、この本がいったいどのような本であるのかはタイトルだけではわからない。
そこで、この本が「食品物理学」の観点から書かれた本であることを紹介した。
この本は、「食品物理学」を通して小中学生に科学の魅力を伝える本としても非常に有用ではないかと思う。
もちろん、我々大人にとっても、食品開発の裏側にある努力を垣間見ることのできる非常に面白い本である。
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