テレビでは新型コロナウイルスのニュースばかりが流れる。
外出自粛・渡航規制など、色々と市民生活への影響も大きい。ここで、一人の歴史好きとして気になるのは、昔の伝染病流行時にはどのような対策が採られていたのだろうか、ということである。
ちょうど100年前に流行した「スペイン風邪」(インフルエンザ)を、当時の人はどのように捉えたのだろうか。内務省衛生局編「流行性感冒(東洋文庫所収)から、その一端をさぐってみたい。
特に、今回は各国の政策について書かれている部分に着目してみよう。
100年前も「自粛」はあった!
外出の自粛要請に、フラストレーションをためている方は多いだろう。何を隠そう、私もその一人である。
だが、100年前も外出などの自粛要請を行う国はあった。外出規制は、昔から一般的な手法だったのである。
オーストラリア
オーストラリアは厳格な外出規制を行っていた。次のような論評は興味深い。
一九一九年(大正八年)一月に於ける流行は、恰も盛夏の候にして、戸外竝に戸内の集合を禁じ、劇場展覧会を閉鎖し、教会の集会も「マスク」を使用するに非されば之を禁止したり。
然れども、炎暑烈しくして涼を採る男女は毎夜海辺に群集し、伝播を容易ならしめたり。
劇場や展覧会を閉鎖するというのは「空前絶後」のようにも思えたが、実は100年前からやっていたこと、ということがわかる。
そして、「男女毎夜海辺に群集し、伝播を容易ならしめたり。」という一文は面白い。最近も、活発に外出する若者が感染源になっているという話があるが、当時のオーストラリアも同じだったのだ(もっとも史料には「男女」としか書いていないが、これは基本的には若い人々を想定してよいだろう)。
イギリス
イギリスでは厳格な外出規制は行っていなかったように見受けられるが、当然娯楽施設などに対し何も対策がなかったわけではない。
1918年11月に出された布告から、劇場に関する部分を抜粋してみよう。
第二条 凡の公衆娯楽場に左の取締を行う
a.一演技は三時間以上連続せざること
b.各演技は三十分以上の幕間を置くこと
c.幕間に十分なる通気を行うこと
イギリスでは、換気が最重要視されていることがわかる。
換気も、当時からその必要性を十分に認識されていたのである。
アメリカ
最後に、アメリカを見てみよう。アメリカは州ごとに方針が異なるので、実際にどこの州がどれほどまで厳格に行っていたのかはわからないものの、次のような共通の指針があった。
一、(前略)「コップ」の共通使用、又は不十分に洗いたる「コップ」の使用を厳禁する事。
二、換気法に関する法律を施行する事。
そして、
「本病は主として公衆の集合に関係深きを以て次の三項は特に必要なる事項とす」として、次のような内容を記す。
三、公衆の集合場を閉鎖する事
伝染の経路は主として口鼻の分泌物によるものなるを以て各種の集会は伝染に関し有力なる誘因たること明かならざれば公衆の集合を其人数竝に其頻度に於て制限し集合の条件を設けて之れを取締ることは行政上に於て必要なる事項なりとす。
必要ならざる集合は当然之を禁ずべく必要止むを得ざる集合は一定の面積に対して一定の人数を制限し新鮮なる空気を十分なる余裕を残し不注意の噴嚏咳嗽、喝采は禁ぜざるべからず。
さすが、当時のアメリカは進んでいる。
まとめ
簡単に言えば、換気の喚起(だじゃれではない)や、密集しないことなどは、100年も前から言われていたことなのである。
確かに、新型コロナウイルスは、「未曽有の災い」であるのかもしれない。だが、ちょうど100年前のスペイン風邪(要は(当時の)新型インフルエンザ)の流行の際に各国がどのように対策をとったのかを見れば、思った以上に今の状況と近いことがわかるだろう。
歴史には、このような新しい発見と楽しみがあることを改めて思い知らされる。
諦観している人もいた
一方、インフルエンザのあまりの流行に、半ばあきらめ気味の人々もいたようである。
ドイツではパンデミックの後、Kolle Hetschという細菌学者らによって細菌学書が書かれたが、そこには次のように書かれていたという。
「インフルエンザ」は予防し得べき疾病にあらず、届出も、隔離も、群衆制限も、「マスク」も、「ワクチン」も、恐らく実績を齎すことなからん
あまりの流行に、どのような対策をしても無意味だと思った人もいたようである。
おわりに
今回の内容は、前述の通り「流行性感冒」から引いている。国立国会図書館に原書がある。
もとの史料は、内務省衛生局が編纂したものであり。当時の内務官僚たちの努力が感じられる一冊である。
ここに書かれた内容を読み、今の状況と比較しながら冷静に現状に向き合うことこそ、歴史を紡いできた先人たちに敬意を払うことになるのではないだろうか。
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