『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著)を読んだ。
2004年から2011年シーズンに中日ドラゴンズを監督として率いた落合博満について、選手や球団関係者への聞き取りや当時スポーツ紙のドラゴンズ担当記者であった著者の回想を交えて、その軌跡を追ったノンフィクションである。
このノンフィクションを読み終わって、私はこの本は「プロ野球の監督とはどうあるべきか」という一つの答えを提示した本だと思った。いや、プロ野球の監督に限らず、「指揮官」と呼ばれる人間はどうあるべきかを示した本だと言えるかもしれない。
結論から言えば、この問いに正答というものは存在しないのだろう。
しかし、落合博満という男は、一つの「答え」を提示した。その「監督論」を描き出したのが、この『嫌われた監督』という作品なのではないだろうか。
落合博満は「嫌われた監督」だった
私の個人的な落合博満の思い出を語ることをお許しいただきたい。
私は小学生だった2007年ころから、プロ野球を本格的に見るようになった。そのため落合政権の初期は知らないのだが、2007~2011年の落合監督は、強く記憶に残っている。
この本の『嫌われた監督』というタイトルは、見た瞬間に惹きこまれた。
なぜか。
包み隠さずに言えば、小学生のころの私は、落合博満が「嫌い」だったからだ。
だから「嫌われた監督」というタイトルは、当時の私の心情も見透かしているように思え、この本は他人事のように思えなかったのである。
〈敵役〉としての落合中日
東京の平凡な家庭に生まれた私は、特に疑いもなく巨人ファンに育った。
当時のセ・リーグは、事実上、原辰徳率いる巨人と、落合博満率いる中日の「二強」だった。金本知憲や新井貴浩を擁する阪神も存在感があったが、2005年以降優勝を手にすることはなかった。
だから巨人ファンの小学生が、ライバルである中日ドラゴンズの指揮官を敵視するのは、無理のないことであった。
当時の中日ドラゴンズは、憎らしいほど強かった。
荒木貴博と井端弘和の鉄壁の二遊間に、扇の要・谷繫元信。そして圧倒的な破壊力を持ったタイロン・ウッズ。見るものに絶望を与えるクローザー・岩瀬仁紀。攻守に隙がなかった。
2007年、巨人はリーグ優勝をしたのにもかかわらず、クライマックスシリーズで中日に敗れ、日本シリーズへの進出を逃した。
一方、中日は日本シリーズで日本ハムを下し、日本一の栄誉を手にした。
「なぜ、優勝したチームが日本シリーズに行けないのか」。幼い私のやるせなさは、不敵に中日ベンチに座る落合博満に向かった。
これだけでは、ただの巨人ファンの小学生が理不尽に相手チームの監督を敵視しているだけだと思われるだろう。実際に、私が落合博満を「嫌い」だったのは、幼さゆえである。
しかし客観的に見ても、喜怒哀楽を表に出さず冷徹な印象を与える落合は、「味方役」と「敵役」だったら、「敵役」の方が似合っていたと思う。
「悪役」としての落合を決定づけたのは、2009年のWBCで中日が一人も選手を派遣しなかった「ボイコット」事件だろう。
WBCの「ボイコット」事件
2009年のWBCに召集された選手のうち、中日ドラゴンズに所属する4人の選手は、いずれも招集を拒否した。これは落合の意向とみなされた。
WBCの監督は、読売ジャイアンツの監督でもある原辰徳が兼任することになっていた。
当時のスポーツ紙は、原が落合を睨みつける写真を一面に載せていた記憶がある。
私を含めて多くの人は、落合が日本代表よりも中日ドラゴンズの優勝を優先して(さらに穿った見方をすれば、原辰徳に花を持たせまいとして)、こうした判断をしたのだと考え、落合を非難した。
今では、落合がここで代表戦の報酬や負傷した際の補償といった問題を提起したことには意義があり、落合の判断ももっともだと思う。しかし、『嫌われた監督』でも描かれているように、落合は世間からのバッシングに遭った。
一方、原辰徳は日本の監督としてWBCを戦い抜き、日本はWBCを二連覇。英雄となった。
原辰徳と落合博満は、非常に対照的な監督だったと思う。
老獪でポーカーフェイスを崩さない落合博満と、若く感情を表に出しパフォーマンスに優れる原辰徳とでは、受ける印象は真逆だった。(もっとも実際には、原の方が落合よりも先に監督になっているのだが。)
対照的な二人の監督は、ライバルとして鎬を削っていた。
私は今でもプロ野球のファンだが、人生で一番熱狂的に巨人を応援していたのは、落合が中日の監督をしていたころだ。
落合率いる中日ドラゴンズは、当時の私にとって「倒すべき存在」だった。
うっかり筆が乗ってしまい『嫌われた監督』の書評そっちのけでかつての思い出を書いてしまったが、私が言いたいのは、落合がいたころの巨人対中日は面白かったということだ。
それは、落合博満という「嫌われた監督」がいたからだが、同時に原辰徳という「愛された監督」もいたからなのである。この対比が、落合を際立たせていたのではないかと思う。
「嫌われていく監督」
『嫌われた監督』が描くのは、落合博満が「嫌われていく過程」である。
就任一年目はチームと喜怒哀楽を共にすることもあった落合は、監督就任二年目以降、選手はおろかコーチとも距離をとるようになっていく。
しかし、落合は、それを「自分の答え」だと考えてそういうふるまいをしていた。誰にも胸の内を明かすことなく。
『嫌われた監督』は、落合が「嫌われた監督」になるまでの信念を描き出しており、胸を打つものがある。
そして、読むと「プロ野球の監督論」を考えざるを得なくなる。
これからの「プロ野球の監督論」
私は、落合博満は球史に残る名将だと思っている。
だが、落合が中日で取ったやり方が万能だとは思わない。
落合の率いたドラゴンズ
落合は当時のレギュラーたちには「遺産」を残したが、長いスパンでは十分な「遺産」を残すことはできなかった。
これは落合の弱点である。しかし、落合はあくまで監督として「契約書通りの目先の勝利」にこだわり続けた。これは、落合が考える「理想の監督」がそういうものだったからなのである。
そしてもう一つ、落合の指揮した中日ドラゴンズには、「プロフェッショナル」が多くいたことである。
荒木、井端、立浪、森野、谷繁、和田、福留、ウッズ、ブランコ、英智、川上、山本昌、吉見、チェン、浅尾、岩瀬、小林正……etc.
落合は、こうした名選手をプロフェッショナルとして信頼する一方で、いくら彼らが名選手だからと言って彼らに任せきりになることはなかった。
そして、選手は落合という存在にプレッシャーを感じながらも、落合の信用を失わないようプレーで応えた。
落合は、自分の信じる最善策を取った。しかし、これは必ずしも普遍的なものではないと思う。
現代の監督論
2021年シーズン、優勝したのはセリーグでは高津臣吾監督率いるヤクルトスワローズであり、パリーグでは中嶋聡監督率いるオリックスバファローズだった。
どちらも落合とは違うタイプの監督だ。
高津は、チームが打てば選手よりも激しく喜びを表す。
しかし、「喜怒哀楽」のうち「喜と楽」は表に出す一方で、不の感情であるあ「怒・哀」はほとんど表に出さない。
人間として選手に愛され、選手やチームのモチベーションを高めることでチームを強くしていく監督だと思う。
中嶋は、高津のように喜びを表すことは少ないが、基本的には高津と同様にチームの士気を高めるタイプの監督だろう。
選手への批評を口に出すことはほとんどない。それゆえ地味な監督に思われることも多いだろうが、選手からは慕われているのではないかと思う。2021年シーズンでパリーグの本塁打王を取った杉本裕太郎は、中嶋が二軍監督から一軍監督代行に昇格した際に、中嶋が二軍からつれてきた選手だ。杉本も、おそらく中嶋には恩を感じており、それが今シーズンの覚醒につながったのではないかと推測している。
(ところで中島聡が一軍監督代行に就任したのは、西村徳文が一軍監督を辞任したからであるが、西村は2010年にはロッテの監督として落合率いる中日を日本シリーズで撃破した監督であった)
現代は、高津や中嶋のようなチームのモチベーションを高める監督が結果を残している。
今年のヤクルトやオリックスには、それがハマった。
この両チームは、落合博満が中日を指揮した時のような方法で指揮されていたら、おそらくここまでの結果は残せなかったのではないかと思う。
優勝チームの「理想の監督」の姿は、たった10年のあいだでも変化している。
しかし、私は落合博満が目指した「監督像」は、現代でも参考にできるのではないかと思う。
「嫌われた監督」になれるか
ところで、先ほど原辰徳は「愛された監督」だったと書いたが、現在の原辰徳は「嫌われた監督」かもしれない。
かつては若かった原辰徳も、現在はリーグの最年長監督だ。
同じ年齢でも西武の辻発彦は、選手に時には厳しい言葉も投げかけつつ、基本的には年の離れた選手の成長を優しく見守る「おじいちゃん」としてファンに親しまれている。
しかし原辰徳は、年を取ってそういう「おじいちゃん」のような監督になったわけではない。あくまで「原監督」である。
だが、同じ「原監督」でも、10年前とは違う。
原辰徳はかつて、選手を信頼した采配をしていた。
2008年の日本シリーズ第7戦。シーズンでセットアッパーとして活躍した越智に、原は回を跨いで投げさせた。
越智は7回は無失点にしのいで1点のリードを守った。だが、8回に逆転を許してしまった。
ーー2004年の日本シリーズでリーグ優勝に貢献した岡本真也を続投させ、西武に敗れた落合と重なるところがある。
対して、現在の原辰徳は、選手を信頼することができていないように見える。
もっとも越智の件が原を変えたというよりも、かつて指揮した選手が優秀だったゆえに、かつてほど選手を信用できていない、というのが本当のところだろう。
端的に言えば、中継ぎ投手の「マシンガン継投」や、先発投手の枚数を減らした特攻ローテーションといった戦略に現れている。
選手を駒のように使う采配は、もちろん成功すれば「名将」なのだが、どちらかというと「悪役的」なのは事実だろう。
しかし「悪役的」なふるまいをする一方で、原辰徳はかつてのようにロマンを求める采配ーーたとえば引退を決めた亀井善行の重用や中田翔の獲得と起用ーーもやめておらず、そこにちぐはぐさが漂っている。
私は、むしろ今の原辰徳は、選手を信頼できないのであれば徹底的に信頼しないーードラマを信じるのではなくひたすら冷徹な采配をするように変わるべきなのではないかと思う。
つまり、落合のような芯の通った「嫌われた監督」を目指した方がいいのではないかと思うのだ。
監督は選手のことはたとえ信頼していなくとも、明確な役割を選手に与え、プロ意識で選手と監督が通じ合う。落合は「契約書通り」のことをした。そうした監督像である。
そのような球団は、今のプロ野球にはない。
だが、そういうほかのチームと高校生を異にする球団があった方が、私は面白いのではないかとも思う。もっとも無責任なファンの意見だが。
原辰徳は2024年シーズンまでチームの指揮を取るという。私は、第二次原政権の原監督は、球史に残る名将だと思っている。だが、「原辰徳」という監督がキャリア全体で「名将」になれるかは、これからの3年にかかっている。
これからの3年を注視していきたいと思う。
おわりに
結局最後まで書評らしい書評を書かなかったが、落合が示したのは、プロ野球の監督としての一つの「答え」である。『嫌われた監督』が描くのは、落合の答えと、落合がどのようにその答えにたどり着いたかだ。
監督っていうのはな、選手もスタッフもその家族も、全員が乗っている船を港に到着させなけりゃならないんだ。誰か一人のために、
落合の「答え」は、あくまで一つの答えである。時には正解だろうが、時には不正解かもしれない。
しかし、落合博満は、これが「答え」だと信じた。
お前がテストで答案用紙に答えを書くだろう? もし、それが間違っていたとしても、正解だと思うから書くんだろう? それと同じだ!
それは落合博満という男のドラマなのである。