私が海外小説を好んで読み、イギリスの音楽を好んで聴いている原点はオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』かもしれない。
私はこの作品に中学校の頃に出会ったが(学校の図書委員会の会誌などで紹介されていた気がするが…… よく思い出せない)。『ドリアン・グレイの肖像』は、退廃的で、非道徳的で、だけど劇的なクライマックスもあって、私が今までに読んだどの小説とも違う感じがした。
改めて読んでみても、やっぱり好きな作品である。今回は、この作品について紹介したい。
『ドリアン・グレイの肖像』あらすじ
※ネタバレ注意
皮肉屋で野心家のヘンリー・ウォットン卿は、友人の画家バジル・ホールウォードの描いている美青年を一目見たいという欲望を抑えられなくなる。バジルの絵のモデルとなった美青年こそ、善良で無垢で、非の打ち所がない好青年ドリアン・グレイであった。
ドリアンは絵のモデルとして坐っている間、ヘンリー卿によって言葉巧みに快楽主義の道へと誘われる。そしてヘンリー卿に感化されたドリアンは、自分の美しさを利用して生きていくことを決意する。ドリアンは、バジルの描いた肖像画を自分のものにし、肖像画のほうが歳をとればいいのにと言いだす。
もし「ドリアン」がいつまでもいまのままでいて、代りに肖像画のほうが年をとり、萎びてゆくのだったら、どんなにすばらしいだろう。そうなるものならなあ!
ヘンリー卿に唆された通りの快楽主義的な生き方を始めたドリアンは、若い舞台女優シヴィル・ヴェインと恋に落ち婚約をする。
しかし、自分に恋をしたことによって恋の「演技」をできなくなり、女優としての魅力を失ったシヴィルにドリアンは幻滅し冷たくあしらう。その日、ドリアンは例の自分の肖像画が老けて悪そうな表情を浮かべているのを見て驚き、屋根裏へと隠す。
良心の呵責を感じたドリアンはシビルとの和解を模索するが、シビルはすでに自ら命を絶っていた。後戻りできなくなったドリアンは、以前にも増して快楽の限りを尽くすようになる。
ーーそれから20年が経った。
バジルはドリアンの家を訪ね、ドリアンが悪徳の限りを尽くしているのは本当かと問う。ドリアンはバジルに対し、例の肖像画を見せ、これが本当の姿だと答える。醜悪な姿に変貌した肖像画を見て驚愕し、救いを求めて祈るバジル。我を失ったドリアンは逆上してバジルを殺してしまう。ドリアンは死体の始末を、弱みを握っている科学者に託す。
罪の意識にさいなまれたドリアンは、現実逃避に阿片窟に出入りするようになるが、そこで姉のかたき討ちをしようとしていたシヴィルの弟ジェイムズだった。ジェイムズは20年前と変わらないドリアンの顔を見て人違いだったと思い直して謝るが、その後ドリアンが老いないという噂を知り、ふたたびドリアンの命を狙う。ジェイムズはドリアンを郊外に追いつめるが、兎狩りの誤射によって死んでしまう。
ドリアンは安堵するとともに今までの生活を悔い、改心しようとする。
そして、肖像画こそが元凶だと思ったドリアンは、醜悪な肖像画の心臓にナイフを突き刺すーーすると否や、屋敷には悲鳴が響き渡った。
なかにはいって見ると、壁には主人の見事な肖像画がかかっていた。それは、召使たちが最後に目にした主人の姿そのままであり、そのすばらしい若さと美しさは、ただ驚歎をさそうばかりだった。
床の上に、夜会服姿の男の死骸が横たわっていた。心臓にナイフが突き刺さっている。老けやつれ、皺だらけで、見るからに厭わしい容貌の男だった。
指環を調べてみてはじめて、人々はこれが何者であるかを知った。
『ドリアン・グレイの肖像』の魅力
この作品は上に紹介したようなあらすじ自体も印象的であるが、やはりそれ以上にその描写が印象的である。
以下に、この作品の印象的なシーンを紹介しておこう。
同性愛小説として
あらすじでは割愛したが、画家バジルが美少年ドリアン・グレイに寄せる感情は、芸術家特有の美への憧憬はあるにしても、通常の男性同士が寄せる感情とは別のものと見た方が良い。
また、ワイルドに執着するヘンリー卿も、そのような気があるように読むこともできる。
『ドリアン・グレイの肖像』の作者オスカー・ワイルド自身も同性愛(両性愛)者であり、その廉で投獄されている時に亡くなった人物である。
同性愛は『ドリアン・グレイの肖像』の主題ではないが、常に同性愛の香りと雰囲気をまとった小説であり、作品の見どころである。
オスカー・ワイルドの耽美的な描写
まったく物語の本筋と関係ない場面でも、『ドリアン・グレイの肖像』には印象的な表現が多い。
黄色い髑髏のような月が空に低くかかっている。時折、ぶざまな大きな雲が長い腕を差し伸ばして目を隠す。
ワイルドは耽美主義の旗手とされるが、耽美的な描写は枚挙にいとまがない。
作中のどこをとっても印象的な作品である。
ヘンリー卿の甘言
そして、この作品の最大の見どころは、主人公ドリアンを唆すヘンリー卿である。
ヘンリー卿は、逆説を弄すプロである。
もちろんドリアンを唆す場面がハイライトになるが、ここでは個人的に一番好きな台詞である中年の婦人を唆すセリフを紹介しよう。
「ヘンリー卿、わたしに若返りの秘訣を教えて下さらない?」
卿はしばらく考えていたが、「まだお若かったころの失敗を何か憶えておいでですか」とテーブル越しに夫人を見やりながら反問した。
「それはもう、たくさんありますよ」
「では、もう一度それをやり直すのです」まじめくさった顔で言う。「青春を取り戻したいなら、過去の愚行を繰り返すにかぎる」
危険だが、こんなことを言われたら婦人もその気になってしまうだろう。
物語の主要な登場人物ーードリアン、バジル、ヘンリー卿ーーのうち、唯一生き残るのはヘンリー卿である。
彼は、ドリアンの死後どのように生きたのだろうか。想像は尽きない。
三島由紀夫にも影響を与えた一冊
オスカー・ワイルドを少年時代に耽読した作家数多く、たとえば三島由紀夫もワイルドを読んでいた。
とくに『禁色』は、明らかに『ドリアン・グレイの肖像』の影響が見て取れる。
『禁色』は、次のようなあらすじである。
主人公は美青年・南悠一だが、彼は女を愛することができないゲイだった。ーー悠一は、このことを老作家・檜俊輔に相談する。俊輔は「女を愛さない美青年」悠一を使って、かつて俊輔を苦しめた女たちに復讐をすることを思いつく……
悠一はドリアン・グレイ、俊輔はヘンリー卿をモデルにした人物であると考察できる。
『ドリアン・グレイの肖像』あるいは『禁色』の一方しか読んだことがない人は、ぜひどちらも読んでみてほしい。
おわりに
『ドリアン・グレイの肖像』は比較的海外文学の中でも読みやすく、オスカー・ワイルドの魅力を存分に味わうことができる作品である。
ぜひ、気軽に手に取ってほしい。
『ドリアン・グレイの肖像』を無料で読む
『ドリアン・グレイの肖像』はいくつかの出版社から出版されているが、うち一番訳が新しい光文社古典新訳文庫版はKindle Unlimitedという定額読み放題サービス(初月無料、記事投稿日時点)で読めるので、こちらも合わせてお薦めしておきたい。他にもいろいろな古典的名作を読むことができるサービスである(このサービスで読める本については本ブログのKindle Unlimitedカテゴリをご参照いただきたい)。
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