不眠の子守唄

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緻密な悲劇的ミステリー ガルシア・マルケス『予告された殺人の記録』あらすじ・感想

「予告された殺人の記録」は、1982年のノーベル文学賞受賞作家、ガルシア・マルケスの中編である。ガルシア・マルケスといえば『百年の孤独』の存在感が強すぎるが、この作品は作者自身が最高傑作と述べているほど、緻密に組まれた名作である。今回は、この作品について紹介したい。

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

『予告された殺人の記録』あらすじ

『予告された殺人の記録』あらすじ

舞台はコロンビアの田舎である。田舎の共同体なだけあって、非常に複雑な姻戚関係が張り巡らされていることが、この物語の舞台の特徴として言える。

 

物語は、名を伏せられた語り手である「わたし」(=筆者ガルシア・マルケスの仮託と思われる)による、次のような語りによって書き出される。

自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が着くのを待つために、朝、五時半に起きた。彼は、やわらかな雨が降るイゲロン樹の森を通り抜ける夢を見た。夢の中では束の間幸せを味わったものの、目が覚めたときには、身体中に鳥の糞を浴びた気がした。

冒頭で、サンティアゴ・ナサールという人物が殺害されたことが明らかにされる。

 

では、彼はなぜ殺害されたのか?

その謎を解く鍵は、殺害前夜に行われた婚礼にある。

突如街に現れた名士バヤルド・サン・ロマンが見染めた、地元の娘アンヘラ・ビカリオとの婚礼が行われていたのである。

しかし、この結婚はわずか数時間で終わる。

アンヘラが、ヴァージンでなかったがゆえに。

 

そして、アンヘラは家族に詰問される。彼女の貞操を傷つけたのはだれか。

アンヘラは答えた。

「サンティアゴ・ナサールよ。」

かくて、アンヘラの兄にあたる双子のパブロ、ペドロの兄弟は、サンティアゴ・ナサールの殺害を周囲に宣言し、実際に殺害の用意を整える。

 

街では、誰しもがビカリオ兄弟がサンティアゴ・ナサールの殺害を企図していることを知っていた。

しかし、色々な勘違い・偶然が重なった結果、当のサンティアゴ・ナサールはそのことを知らされないまま過ごしてしまう

そしてビカリオ兄弟も、妹の名誉を果たすことは成し遂げなければならないが、誰かに力づくで殺害を止めてほしかったと思っていたのではないかとさえ思える節もある。

 

だが結果として、ついに凶行は止められなかったのである。

 

この事件には謎がつきまとう。

アンヘラを汚したのは、本当にサンティアゴ・ナサールなのか? 作品では、むしろサンティアゴ・ナサールはアンヘラの真の相手ではないことが示唆される。

 

この謎も含め、一種の推理小説となっているのが、この「予告された殺人の記録」という作品なのではないかと思う。だが、推理小説という以上に文学的であり、またラテンアメリカの独特の雰囲気を楽しめる作品でもある。

『予告された殺人の記録』登場人物まとめ

『予告された殺人の記録』は登場人物がわかりにくすぎるので、ここで便宜のためにまとめておく。

もし読んでいる途中の方・これから読む方がいたら参考にしてほしい。

また、この一覧があればそこまで読むのには困らないはずなので、登場人物の多さに敬遠しないで読んでみてほしい。

「わたし」の一家

わたし...語り手
ルイサ・サンティアガ...母
マルゴ...わたしの姉
ルイス・エンリーケ...わたしの弟
ハイメ...弟

第1節〜

マリア・アレハンドリーナ・セルバンテス...店の女主人
クリスト・べドヤ...医学生

サンティアゴ・ナサール
プラシダ・リネロ...母
イブラヒム・ナサール...父
ビクトリア・グスマン...母
ディビナ・フロール...娘

プーラ・ビカリオ...母
ポンシオ・ビカリオ...父。盲目
パブロ・ビカリオ...双子の兄
ペドロ・ビカリオ...双子の弟
アンヘラ・ビカリオ...双子の妹

クロティルデ・アルメンタ...牛乳屋の女主人

フローラ・ミゲル...サンティアゴ・ナサールの婚約者。
第二節〜

バヤルド・サン・ロマン...アンヘラ・ビカリオを送り返す
アルベルタ・シモンズ...母
ペトロニオ・サン・ロマン将軍...父

マグダレナ・オリベル...バヤルドに同船
プリシマ・デル・カルメン...アンヘラの母、プーラのこと
メルセデス・バルチャ...わたしが結婚を申し込んだ相手
ヨランダ・デ・シウス...家を持っている独身者
ディオニシオ・イグアラン...医師。わたしの母の従兄
第三節〜
アマドール神父
ファウスティーノ・サントス...肉屋
レアンドロ・ポルノイ...警官
ドン・ロヘリオ・デ・ラ・フロール...クロティルデ・アルメンタの夫
ラサロ・アポンテ大佐...町長
オルテンシア・バウテ
プルデンシア・コテス...パブロの許嫁
スセメ・アブダラ...アラブ人の女族長

登場人物紹介の中で、重要な部分を紹介すると、サンティアゴ・ナサールはアラブ系の移民である。そして、わずかな間に財を成した人間である。

一方、ビカリオ一家は地元に古くから住んでいる普通の一族である。

 

この両者の対比は、この作品の一つのテーマである。移民と先住者の対立は、作品中で問題として表出することはないものの、作品の背景として存在している。

 
 

『予告された殺人の記録』構成

上記のようにこの作品は移民と先住者の対立を描いた作品ともとれるのだが、この小説はそのようなテーマを一切考えなくても非常に面白い。

第一に面白いのは、ノーベル文学賞作家一流の技法が凝らされた特徴的な構成である。

 

サンティアゴ・ナサールの死亡を知らされるまでの周囲の人々の動きやその後などが、独立した五章によって構成されている。(第〇章と名付けられているわけではないが、便宜上このように呼ぼう)

それぞれの章は、簡単に言えば次のように成り立っている。

第一章 「わたし」を中心とした人々の反応

第二章 新郎バヤルド・サン・ロマンと人々の反応

第三章 ビカリオ兄弟の動きを中心とした人々の反応

第四章 サンティアゴ・ナサールの検死と人々のその後

第五章 サンティアゴ・ナサール殺害の経緯

それぞれの章で、徐々に真相がわかってくる。

この構成の巧みさは、簡単に言い表すことはできない。しかし、巧みな構成を可能にしているのは、この作品が実際の事件に基づいており、綿密な取材がなされたことにあるだろう。

相互に何かしらのかかわりを有している人々の複雑な関係と、その複雑な関係によって呼び起こされるストーリーは、共同体という舞台が可能にしていると思う。

描写の特徴「魔術的リアリズム」

また、ガルシア・マルケスの作品の特徴は、「魔術的リアリズム」「マジックリアリズム」である

 

「魔術的リアリズム」というのは、非現実的なものごとを、あたかも現実であるかのように描くという手法である。

 

この作品はルポルタージュ的な側面が強いため、マルケスのほかの作品に比べれば、そのような文学的技法を読んでいて強く感じるというわけではない。

だが、ガルシア・マルケスの作品の特徴である「魔術的リアリズム」は、この作品にも見ることができる。

 

この作品のラストの場面は、「マジックリアリズム」の象徴的なシーンではないかと思う

ラストでは、サンティアゴ・ナサールがビカリオ兄弟に殺害されるシーンが克明に記録される。

なんとかけりをつけようとして、ペドロ・ビカリオは彼の心臓を狙った。が、狙った場所は腋の下のあたりだった。豚の心臓はそこにあるからだ。実際サンティアゴ・ナサールは倒れなかったのだが、それはナイフで攻撃を加える彼ら自身が、彼を扉に寄り掛からせていたからだった。やけくそになったパブロ・ビカリオは彼の腹を横に切りつけた。するといきなり、腸(はらわた)が残らず飛び出した。ペドロ・ビカリオも同じことをしかけた。だが彼は怖じ気づき、そのために手元が狂って股を切りつけてしまった。サンティアゴ・ナサールはそれでもまだ、しばらく扉にもたれかかっていた。が、日光に当たった自分のきれいな青い腸を見ると、膝から崩れ落ちた。

ここで普通の読者なら、サンティアゴ・ナサールは死亡したと思うだろう。

 

だが、この小説の描写では違う。

彼は体をよじるようにして起き上がると、垂れ下がった腸を両手で支えながら、幻覚症状が現れたときのようにふらふら歩きだした。

家の周りをひと回りして台所の戸口から中に入るために、彼は百メートル以上も歩いた。

(中略)

わたしの叔母のウェネフリーダ・マルケスは、彼がしっかりした足取りで自分の家を目ざし、古い河岸の石段を下りるのを、河向うの家の中庭で鰊の鱗を落としながら見ている。

「サンティアゴ!」と彼女は彼に向って叫んだ。「どうしたの」

サンティアゴ・ナサールは、それが彼女であることが分かった。

「おれは殺されたんだよ、ウェネ」彼はそう答えた。

彼は最後の段につまづいて転んだ。が、すぐに起き上がった。「まだ、腸に泥がついたのを気にして、手でゆすって落したほどだったよ」と叔母のウェネはわたしに言った。それから彼は、六時から開いている裏口から家に入り、台所で突っ伏したのであった。

(完)

どうだろうか。

日本では切腹の文化があるから、もしかしたらこの描写にも驚かないかもしれない。例えば柴田勝家なんかは、切腹して自分で自分の腸を投げつけたという逸話も残っている。

 

――話がそれたが、実際にこの描写を現実的に考えてみよう。

内臓が飛び出したような人間が家を一周し、階段を上がる(しかも一度躓いた後に起き上がる)なんていうことができるだろうか。

おそらくは、できまい。

もしこの描写に対して直感的に非現実的なものを感じなかったのであれば、それはこの描写が、あえて非現実的なことをあたかも現実のことのように書いているからである。

 

これが、「マジックリアリズム」「魔術的リアリズム」である。

 

非現実的なことを現実的に書き――現実世界を神話的に描写することで、あたかも読者を白昼夢を見ているかのような感覚にさせるのがこの技法である。

 

このようなエッセンスこそが、ガルシア・マルケスの作品の特徴である。

 

おわりに

『予告された殺人の記録』は、非常に緻密に構成された作品であり、その点はガルシア・マルケスの他の作品と一線を画しているようにも思う。

非常に緻密に組まれた作品を読むことに喜びを感じる方は、ぜひ読んでみてほしい。

きっと、思わず感嘆してしまうはずである。

しかし、もしこの作品で描かれた中南米の熱気や、さきに紹介したようなマジックリアリズムに興味を持ったなら、ガルシア・マルケスの代表作である『百年の孤独』も薦めたい。

この作品は非常に神話的な叙情詩といった作品で、展開が面白いというわけではない。

だが、文学史上に残る作品とされており、新潮社のランキングでは海外の長編文学の名作第一位に君臨している作品である。私も非常に好きな作品で、海外文学に興味がある方にはお薦めしたい。

 

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