日本のミュージシャンで史上最高の作詞家は誰かという議論は他の人に任せるとして、洋楽、特にイギリスで私が一番好きな作詞家は、ジャービス・コッカーというミュージシャンである。
今の日本での知名度はほとんどないだろうが、1990年代のイギリスを席巻したブリットポップというポップミュージックのムーブメントにおいて、Oasis、Blurに次ぐ3番目の旗手として活躍したPulp(パルプ)というバンドのフロントマンが、このジャービス・コッカーである。
ちなみに、映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で、魔法界の人気バンド「The Weird Sisters 妖女シスターズ」というバンドがホグワーツのダンスパーティーに(一瞬)登場するが、このバンドのボーカルとして出演しているのがジャーヴィスである。それほど、イギリスでは親しまれているミュージシャンなのである。
もちろん、イギリス本国では、ジャーヴィス・コッカーをポップミュージックにおける最も優れた作詞家の一人として推す声も大きい。
今回は、このジャービス・コッカーの歌詞の魅力について書いていきたい。
「ダメ男」系の歌詞の癒し
ジャーヴィス・コッカーの書く歌詞の特徴は、主人公が「ダメ男」であること――これに尽きる。
日本のポップミュージックのリア充系の歌詞や、アメリカの音楽のマッチョ系歌詞に疲れたときに「ダメ男」の歌詞を聴くと、やっぱり癒される。
何をやってもダメな時、自分ってやっぱり駄目な奴だなと思う時、そんな時にジャービスコッカーの笑い飛ばせるけどちょっと共感できる歌詞を聞いてみてほしい。
ダメ男を歌った名曲紹介
では、どんな曲があるのかを、軽く紹介していこう。
①「Babies」
まず最初に紹介したいのが、この「Babies」という曲。
この曲はジャーヴィス率いるPulpがようやく売れだして来たころのキャリア初期の曲で、このころのジャーヴィスが書くパルプの歌詞はちょっとエッチな歌詞が多い。
が、主人公は結局のところ所詮はダメ男である。
ちなみに、先ほど「ようやく売れだして来たころ」と書いたが、ジャービスは1970年代の終わりから音楽活動を始めるもずっと鳴かず飛ばずで、1990年代に入ってようやく売れてきた苦労人なのである。そんなエピソードも、ジャーヴィスの書く歌詞がどこか弱者に寄り添い、共感できる理由なのだろう。
Pulp – Babies (Official Video)
さて、「Babies」の歌詞の内容であるが、だいたいこんな曲である。
主人公には友達の姉妹がいて、主人公は妹と同い年である。
ある時主人公は、姉妹の姉の方とボーイフレンドの噂を聞いてしまう。
そして主人公は姉妹の家のクローゼットに隠れ、姉とボーイフレンドの行為を覗く。
そして、「ああ、君(妹の方)を家に連れて帰りたい」と言ってジャーヴィスがYeah Yeah歌って曲は終わる。
音の作りもチープでしょうもないが、それ以上になんという歌詞のくだらなさだろう。覗きをして、妄想して、それだけしておしまい。
だけど、こんな曲を書く人間が日本にいるだろうか? 癖になるすごい曲である。
なお、「この曲の音が安っぽすぎて無理!」という場合にも、キャリア中盤以降はまともになるのでまだ見捨てないでいただきたい。
②「Do You Remember the First Time」
――と言ったが、この曲もチープな音なことをお断りしておこう。何度も聞いてるとこのチープさが癖になってくるのであるが。
と思ったが、公式の音源がYoutubeに見当たらなかったのでライブ音源にした。イギリス最大のフェスであるグラストンベリーに出演した時の映像である。
というわけで、この「Do You Remember the First Time」を紹介しよう。
Pulp Live @ Glastonbury 2011 – Do You Remember The First Time?
この曲もダメ男の歌である。
タイトルからなんとなくわかると思うが、この曲は初体験の歌である。
が、ただの初体験の歌ではない。冷え切ったカップルのうちダメ男の方が、初体験を思い出して「僕らはあの時と違う」と歌っているのである。悪い意味で。
何を言っているかと言うと、
もう君がなにをしようと、どんな男とヤろうと何も言わないから、少しだけでも僕を愛していてくれ
と懇願しているのである。
ほんとうに情けない歌である。だがそれがいい。
③「Disco2000」
パルプの代表曲の一つ、ディスコ2000を紹介しよう。
ブリットポップ史、いやポップミュージック史に残る名曲である。
今となっては当然古っぽいサウンドだが、この曲は大分ここまで紹介した曲よりサウンドは良くなっていると思うので、ぜひアルバム『Defferent Class』ごと聞いてみてほしい。
歌詞の内容に入ろう。だいたいこんな曲である。
ぼくときみは一緒の病院で同じ日に生まれて、周囲の人たちは将来結婚するのかしらなんて言ってたよね。
そして2000年にお互い成長したら、噴水の前で会おうって約束したよね。
だけどきみが結婚していたなんてしらなかったよ。
ねえ、日曜日は何をするの? ぼくと会わないかい? きみは赤ちゃんをつれてきてもいい。
歌詞をちゃんと聴けば、成長してからろくに相手にされていないことがわかるのに、それでも幼馴染に幻想を抱いている。彼女が人妻になってもなお諦めきれない。
弱々しい男も、ここまでくるとしょうもなさすぎる。
④「Underwear」
地味に名曲だと思うこの曲。
曲名Underwearは、当然日本語に訳すと「下着」。
僕は、実はこの曲が一番好きである。ひどい曲だが。
だいたいこんな曲である。
ぼくは近所のお姉さんの下着姿を見るために一生を捧げてきた。
だけど、おまえはどうやってそこにたどり着いたんだ? 今、近所のお姉さんの部屋に半裸の男がいるのはどうして?
書いていてくだらなくなってきたが、それでも私はこの曲が好きだ。
⑤「Common People」
この曲は「ダメ男」の歌というよりは社会風刺の曲なのだが、パルプの一番有名な曲なので紹介する。
「コモン・ピープル」、要するに「ありふれた人」というタイトルの歌であるが、この曲は「貧乏人にあこがれる世間知らずの富裕層」を批判する曲。
いわゆる「クラスツーリズム」と呼ばれる、「貧乏体験」をしたがる富裕層の女性を歌っている。
原曲はサウンドとしては初期のチープさが抜けきっておらず、My Chemical Romanceのカバーなんかの方がパワフルだが、原曲のチープさも相まって1990年代のイギリスを象徴する曲となっている、のだと思う。
「Common People」の主題にした「貧乏人にあこがれる金持ち」というのは現代にも見られるもので、先見性もある曲なわけではあるけれど。
⑥「Help the Aged」
ここからはパルプのキャリア後期の歌を紹介する。
キャリア後期になると、エッチ路線は潜めるようになる。
が、ダメ男路線なのは変わらない。ここで紹介したいのはキャリア後期の幕開けをした「Help the Aged」――訳すと「老人を助けろ」という曲である。
ジャーヴィス・コッカーはなかなか売れなかったので、同時期にブレイクしたミュージシャンの中では年を食っていた。
そして、当時まだ未婚だった。
だから、こんな歌を歌ったのである。
みんないつかこうなるから、お年寄りをいたわろう。
年上の恋人をもてば、すべてのものが朽ちていくことを教えてくれる。
「ダメ男」路線に加えて、哀愁が漂い始めるのがキャリア後期である。
⑦「Dishes」
最後に紹介したいのが、この「Dishes」という曲。
ジャーヴィス・コッカ―のソロ活動期に通じるような、キーボード主体のおしゃれなサウンドである。だが、結局歌詞の主人公はダメ男である。
どういう歌詞かと言うと、
ぼく(Jarvis Cocker)は、キリスト(ジーザス・クライスト Jesus Christ)と同じイニシャルなのに。
ぼくもキリストみたいに水を葡萄酒に変えてみたいけど、ぼくができるのは皿を乾かすことだけ。
というような曲である。
情けない男だが、人間の弱い部分を吐露した名曲だと思う。
おわりに
ジャーヴィス・コッカーの書く歌詞は「ダメ男」が共通項なのだが、その「ダメ男」は、どこか倦怠的で退廃的なデカダンスな雰囲気が漂う。
ここまで、ジャーヴィスが「いかにダメ男を歌っているか」というのは伝わったと思う。
だが、ジャーヴィスは歌詞の仕上げ方も見事であり、それゆえに私はジャーヴィスの歌詞が好きなのである。
「ダメ男」をテーマにして諧謔的に、またメロドラマのような軽いストーリー性のある歌詞に仕上げるという点において、ジャーヴィスの右に出る者はいないだろう。
諧謔的だけど、ちょっとクスッとしてしまうような歌詞。私はそんなジャーヴィスの歌詞は素晴らしいと思う。
Pulpアルバム紹介
①②が収録されているのはこのアルバム「His ‘N’ Hers」。邦題は「彼のモノ♡私のモノ」(ダサい)。
一躍パルプをスターダムに押し上げたアルバムだが、今聞くとチープである。
最初に聴くアルバムとしては、これ以降のアルバムをお薦めしたい。
③④が収録されているのが、このアルバム「Different Class」。
ブリットポップで一番のアルバムとしばしば評される、イギリスの国民的アルバムである。
一番有名な曲は前述の通り「Common People」という曲で、イギリスの階級社会を風刺した曲として名高い(パルプで2番目に有名なのが、③として紹介した「Disco2000」)。
⑤⑥が紹介されているのが、このアルバム「This is Hardcore」。
アルバムジャケット通り、ちょっとエッチだがそれ以上に陰鬱な雰囲気で、ブリットポップという「ポップ」のムーブメントに引導を渡したアルバムとも評される。音楽的成長を遂げているのがこのアルバムで、前作「Different Class」に比べると売れ行きは落ち込んだようだが、音楽的評価は高い。
気になったら、ぜひ何らかの手段で聴いてみてほしい。
多くの人に、稀代の作詞家ジャーヴィスコッカーの魅力を、知ってほしいと思っている。
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