
さくらももこといえば国民的漫画『ちびまる子ちゃん』の作者であるが、『ちびしかくちゃん』や『神のちから』といった短い漫画や短編漫画も描いている。こういった短編漫画こそ、さくらももこの毒舌とブラックユーモアがより鋭く生きていて、大人が読んでも面白いものになっているのだが、その中でも比較的万人受けして面白いさくらももこの短編といえば『永沢君』だろう。
もちろん「永沢君」とは、『ちびまる子ちゃん』に登場する永沢のことであり、この作品は『ちびまる子ちゃん』のスピンオフである。しかし、この『永沢君』という作品は、単なるスピンオフにはとどまらない圧倒的な面白さを持っている。中高生や大人が読むのであれば、『ちびまる子ちゃん』よりも『永沢君』の方が面白いと感じる人は多いだろう。今回は『永沢君』という、一冊で終わる傑作マンガについて紹介していきたい。
『永沢君』とはどのような作品か
『永沢君』作品概要
はじめに『永沢君』という作品の概要について簡潔に説明する。
『永沢君』は、1993年から1995年にかけて青年誌『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された、全18話・一巻完結の漫画である。
物語の舞台は清水市立桜中学校。時間軸は『ちびまる子ちゃん』本編から6年後で、あのタマネギ頭の永沢たちが中学3年生になっている。青年誌での連載ということもあり、下ネタを含むギャグやブラックユーモアが前面に出ていて、作風は『ちびまる子ちゃん』をより大人向けにしたものになっている。
『永沢君』の登場人物
この作品の登場人物は、永沢君こと永沢君男を主人公に、その友人である藤木茂、小杉太を中心に展開する。いずれも『ちびまる子ちゃん』でおなじみだが、その中学3年生の姿が描かれる。
主人公の永沢は、相変わらずタマネギ頭で、毒舌家でシニカルな性格。藤木は基本的にはいい奴なのだが、大事な場面では卑怯さを発揮する。小杉は大らかな性格だが、愚鈍。この3人の、絶妙に噛み合わない関係が物語の軸になっている。

加えて、お金持ちの花輪クンや、成績優秀で学校のマドンナ的存在の城ヶ崎姫子といった、本編でも見知った顔ぶれが登場する。
実は、『永沢君』で登場したキャラクターは、『ちびまる子ちゃん』本編に逆輸入されている。それが、小杉と城ヶ崎さん、そして野口さんこと野口笑子である。
(ちなみにさくらももこは、『永沢君』の中の質問コーナーで「『永沢君』をかいてよかったことは?」という質問に「野口さん」と答えている)
ちなみに城ヶ崎さんは、『永沢君』と『ちびまる子ちゃん』本編とで、印象がかなり異なるキャラクターだ。本編ではクラス一の美人と描かれる城ヶ崎さんは、『永沢君』では倒錯した一面を見せる(詳細に言及するのは避けるが、ぜひ城ヶ崎さんの知られざる一面を見たい方は『永沢君』を読んでみてほしい)。
『永沢君』で炸裂するブラックジョーク
『永沢君』では、嫌な奴でシニカルな永沢がこれでもかと描かれる。
その中で個人的に最も印象的なのは、藤木の家が火事になりそうになったシーンだ。
永沢と言えば、『ちびまる子ちゃん』本編でも自宅が火事になったことがトラウマである。本編で描かれた「永沢君を励ます会」もかなりブラックだが(「新聞に出ることなんてめったにないから 少しはよかったな」と発言するはまじなど)、『永沢君』で描かれる火事の描写はある意味で本編以上にブラックである。
永沢は藤木と小杉と、藤木の家で花火をする。そこで植木が燃えてしまう。消火後、藤木は「…永沢君、内心はかなり動揺してるだろ…?」と永沢を心配する。
だが、これに対し、永沢はこう答えるのだ。
……それが、ぜんぜん平気なんだ。
よその家だと、火事になろうが、どうなろうが、
案外冷静でいられるもんだね。

この発言は、人間のエゴの本質を突いている。自分の家が燃えればトラウマになるが、他人の家ならば冷静でいられる。その私たちが心の中で持っている自分本位さを、永沢は悪びれもせず口にしてしまう。
永沢は嫌な奴だが、しかし言うことは正論である。この冷徹な現実への視線こそ、さくらももこの真骨頂である。
『永沢君』はさくらももこの全盛期の作品である
ところで『ちびまる子ちゃん』は、さくらももこの没後に刊行された巻も含めると全18巻の漫画であるが、『ちびまる子ちゃん』が最も面白いのは10巻前後だと思う。
初期の『ちびまる子ちゃん』はキャラクターも確立されておらず、後年の『ちびまる子ちゃん』に見られるようなキャラクター同士の掛け合いは少なく、あくまで作者本人の思い出の回想にすぎない面がある。しかし逆に『ちびまる子ちゃん』の後半はキャラクターが確立しすぎて、設定が固定化されたキャラクター動いていく形になり意外性は薄れていく。もちろん、晩年のさくらももこがしたかったのは、こうしたキャラクターの掘り下げだったのだろうと思うし、それを否定するわけではない。
だが、初期と後期の中間にある10巻前後が、『ちびまる子ちゃん』のキャラクターの面白さと、一種粗削りともいえる物語の意外性を備えた、最も作品として脂がのった時期だと思うのである。
そして『永沢君』が描かれたのは1993年から1995年にかけてであるが、これはまさに『ちびまる子ちゃん』の単行本では9、10巻が刊行された時期にあたり、まさに『永沢君』は『ちびまる子ちゃん』の全盛期の作品なのである。
ただ逆に言えば、先述の通り『永沢君』のキャラクターは『ちびまる子ちゃん』に逆輸入されたことを考えると、『永沢君』で登場した新キャラクターの存在が『ちびまる子ちゃん』本編に好影響を与えたからこそ本編は10巻前後が一番面白いといえるのかもしれない。
永沢と藤木と小杉の友情は本物なのか?
最後に、『永沢君』が辛辣なのは、物語を通して永沢と藤木と小杉の友情は本物なのか?という問いを立てていることである。藤木の家が火事になりそうになったシーンに象徴されるように、物語には「友情への疑念」が通底している。
3人は確かにいつも一緒にいるのだが、その関係には、打算や互いへの小さな見下しが透けて見える。それは果たして「友情」と呼べるものなのか。
読者は永沢の嫌な部分に対して上から目線で笑いつつも、どこかで永沢の中に自分を見出している面もある。物語の結末を言及するのは避けるが、そんな読者(と永沢)に突き付けられたシニカルな現実も、この作品の見どころである。
おわりに
『ちびまる子ちゃん』は、ノスタルジックで温かい世界観がさくらももこの一種の意地悪さを覆い隠しているが、漏れ出たブラックさも魅力的な作品だった。
『永沢君』は、そんなさくらももこの毒とブラックユーモアが、わかりやすく表出した一冊である。たった一巻で完結するので、ぜひ興味を持った方は読んでみてほしい。
ちなみに『永沢君、推し!』というものもあるが、これは『永沢君』から派生した4コマ漫画などを収録した書籍である。『永沢君』が気に入った方は、ぜひこちらも手に取ってみてほしい。シーンによっては本編よりもさらに辛辣なブラックさが楽しめる。




