- 2020年2月25日
【中上級者向け】戦国武将の逸話集を読むには《常山紀談、名将言行録、明良洪範…》
私事だが、戦国武将の逸話集を読むのを、一時期ライフワークにしていたことがある。いわゆる「戦国マニア」……

このブログでも何作かを紹介してきたアメリカの作家ウィリアム・フォークナー(1897-1962)は、20世紀アメリカ文学を代表する作家で、ノーベル文学賞も受賞している。
その代表作は、『響きと怒り』や『アブサロム、アブサロム!』といった長編小説で、特にこの2冊は笑ってしまうほど難解な作品だが、フォークナーは多くの短編も残している。そのなかで最もよく知られ、最も多くのフォークナーの短編集に収められてきたのが、「エミリーにバラを」だ。英語圏では高校や大学の定番教材だというこの作品は、今なお盛んに論じられている小説の一つだという。
では、この短編の一体何が議論されているのか。実はこの短編小説は、言ってしまえば、オチが見え見えの短編小説なのである。しかし、それなのにこの作品が議論の対象となるのには、理由がある。今回は、その理由について考察していきたい。なお、記事の性質上、この記事には小説のネタバレを含む。
「エミリーにバラを」は、1930年4月、アメリカの雑誌『フォーラム』に発表された。フォークナーはこのときすでに、『響きと怒り』などの長編を世に出していた(『響きと怒り』はフォークナーの長編小説の中でも最も複雑な構造を持った小説だが、実はかなり初期に書かれている)。しかし彼にとって、全国誌に掲載された短編はこれが最初である。
フォークナーという小説家は生涯、ミシシッピ州の「ヨクナパトーファ郡」という架空の地域を舞台にした小説を書き続け、その一連の作品は「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるが、「エミリーに薔薇を」もサーガを構成する作品である。
舞台は、ヨクナパトーファ郡の町ジェファソン。この作品の主人公的な存在であるエミリー・グリアソンは、南北戦争後に没落した旧南部の名家の令嬢で、。物語は、エミリーの死から幕を開ける。
葬儀に集まった町の人々が、彼女の数奇な生涯を回想していく。物語は人々の回想であり、時系列順には語られず、過去と現在が入り組んで語られる。そして、語り手が町全体であるという点は、この短編の大きな特徴の一つである。エミリーは七十代で世を去るが、物語では彼女が三十代だった頃の出来事までもが、まるで町全体の記憶であるかのように語られる。普通であれば、一人の語り手が数十年前の出来事をここまで網羅的に知っているのは不自然である。しかし、この作品では語り手そのものが「私」ではなく「私たち」、すなわち町全体なのだ。そのため、町中に蓄積された噂や目撃談、伝聞が一つの集合的な記憶となり、エミリーという人物像が少しずつ浮かび上がってくる。
エミリーは独身のまま世を去ったが、彼女の人生には、一度だけロマンスがあった。そのことを町の人々は思い出す。相手は、北部からやってきた舗装工事の現場監督ホーマー・バロン。没落した南部の令嬢と、北部から流れてきた日雇い同然の労働者。この不釣り合いな取り合わせこそが、物語の核心へと繋がっていく。
では、「エミリーにバラを」とは、どんな小説なのか。この記事では、物語の結末を書いてしまおう。
物語は、次のような書き出しで始まる。
ミス・エミリー・グリアソンが死んだとき、わたしたちの町の人間は、みんなこぞって彼女の葬式に参列した。男たちは、いわば倒れた記念碑にたいする敬愛の情みたいなものから、女たちはたいてい、彼女の家の内部を見てみたいという好奇心から、そこへ出かけて行った。
『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳、新潮文庫)78ページ
家の内部を見てみたいという好奇心。エミリーの家は彼女以外には黒人の召使しか長らく出入りしておらず、その内部は町の人々にとって長年の謎だった。この、家の中に何があるのかというのが、物語の結末となる。
物語の伏線となるのは、エミリーの“自殺騒動”である(ただしそれは、町の人々が勝手に噂しあっただけなのだが)。
ある時、エミリーは薬局でヒ素を買う。町の人々は、ホーマーと結婚できないエミリーが絶望して死を選んだのかと噂する。
そこでその翌日、わたしたちはみんな「彼女は自殺するだろう」といいあった。そしてそれが最上の道だろう、ともいった。
・・・・・・
ホーマー自身が、自分は結婚するような男ではないといったからである。『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳、新潮文庫)93ページ
しかし、結局エミリーは自殺することはなかった。だが、ホーマー・バロンもやがて町から姿を消す。こうしてエミリーは、生涯独身で暮らすことになったのだ。
読者は、街の人々の回想を聞きながら、エミリーの屋敷に何があるのかを想像する。つまり「エミリーにバラを」は、一種の推理小説である。
しかし、この記事の冒頭でも述べたように、「エミリーにバラを」の結末は予想しやすい。そう、エミリーはヒ素で自殺したのではなく、おそらくではあるが、ホーマーを殺したのだ。
「エミリーにバラを」が収録されている新潮文庫の『フォークナー短編集』(龍口直太郎訳)の訳者解説によると「訳者がトルーマン・カポーティに会ったとき、この人は『エミリーにバラを』のトリックを一笑に付していた」と書かれている。
もし「エミリーにバラを」を推理小説として見るのであれば、カポーティが言うようにそのトリックは陳腐すぎるかもしれない。
もちろんカポーティとは『ティファニーで朝食を』や『冷血』の作者である。もしかするとカポーティは同じアメリカ南部を舞台にするライバル作家の作品として、あえて「エミリーにバラを」を低く見る発言をしたのかもしれない。
だが、「エミリーにバラを」という小説において、オチの予測しやすさは、必ずしも弱点ではないと思うのだ。
読者は、ホーマーがエミリーの屋敷で命を落としていたことを知るが、しかし同時にホーマーの死に方については色々な疑問が湧いてくる。ここまでネタバレをしておいてなんであるが、ホーマーの遺体が一体どのような状態であったのかというところについては、ぜひ実際に「エミリーにバラを」を読んでみてほしい。
エミリーは一体、なぜホーマーの命を奪ったのか。そして、エミリーはホーマーの命を奪ったという事実に、どう向き合ったのだろうか。
町の人々なら、捨てられることを恐れたエミリーが凶行に及んだのだ、と考えるかもしれない。確かにそれは、最も分かりやすい説明ではある。だが、この短編が今なお論じられ続けているのは、彼女の動機がそれほど単純には割り切れないからだ。
ひとつの鍵を握るのは、エミリーの父親の存在である。作中では、父がエミリーの求婚者を片端から追い払っていたことが語られる。父はエミリーを、いわば自分の所有物として囲い込んでいた。そして父の死後、エミリーは3日のあいだ、その亡骸を手放そうとしなかったのである。つまり厳格で自身を所有物のように扱う父のもとで育ったエミリーにとって、他人との付き合い方は、所有するという形でしかできなかったのではないかという読みである。
そして議論をさらに複雑にするのが、先に引いた「自分は結婚するような男ではない」というホーマーの言葉だ。彼が若い男たちとつるんでいたという記述とあわせて、ホーマーを同性愛者と読むという解釈もありえる。そうだとすれば、ホーマーはそもそもエミリーと添い遂げるはずのない相手であり、どうやっても手に入らない男を、エミリーはたった一つの方法で自分のものにした、という筋書きになる。
大きく分かれるのはこの2つの読みだと思うが、もちろん全く別の考察も可能である。そして面白いのは、この小説を読み直すたびに、前回読んだときとは違う感想が湧いてくることもあることである。この記事の読者の方にも、ぜひ「エミリーにバラを」を読んで、エミリーの行動の背景を考察してみてほしい。
そして、エミリーがその後の長い歳月をどう生きたのか。自らの手にかけた相手と、彼女がどのように「向き合った」のか。その読んだ者の記憶に残り続ける答えについては、ぜひ本文で確かめてほしい。
「エミリーに薔薇を」は、わずか十数ページで読み終えられる短編だが、しかし人生で何度も反芻したくなる作品である。何度も言うように、この作品は読んでいれば自然にオチが見えるが、それはこの短編の弱点ではない。むしろ、結末を知ったうえでエミリーの心情と語られない真実に思いを馳せることこそ、この作品の醍醐味かもしれない。フォークナーはこの作品の語り手を「町全体」とし、あくまでエミリーは噂される対象として描き、エミリー自身の心情は描かなかった。そこに、読者がエミリーの心情を想像する余地が生まれるのだ。
フォークナーの長編は手強いという方も、まずはこの短編を読んでみることをおすすめしたい。
なお、この記事は龍口直太郎訳に基づいた。この訳が発行されたのは1955年で、古い訳であることは否めない。訳者の龍口直太郎も半世紀近く前に世を去っているが、しかし龍口直太郎は現代の訳者には持っていないものを持っている。それこそ、先述のカポーティとのエピソードはもちろんのこと、フォークナー本人とも会い、話をしたという経験を持っていることである。
「エミリーにバラを」というタイトルについて、龍口らはそのタイトルの理由を説明したという。するとフォークナーは「バラの花くらい贈ってやらないと、エミリーがあまりにもかわいそうではないか」と答えたのだという。作者の「かわいそう」の意図がなんだったのかは、永遠の謎である。しかしだからこそ、「エミリーにバラを」という作品は永遠の名作なのである。
このブログではフォークナーの『八月の光』、『響きと怒り』などについても紹介しています。