マゾッホの過小評価された名作『魂を漁る女』あらすじ・感想《最高のダークファンタジーにしてラブコメディ》

マゾッホの過小評価された名作『魂を漁る女』あらすじ・感想《最高のダークファンタジーにしてラブコメディ》
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レオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホと言えば、いわゆる「マゾ」や「M」といった言葉の語源となった作家である。そして被虐趣味を表す言葉にマゾッホの名前が使用されることになったのには、代表作『毛皮を着たヴィーナス』の存在が大きい。

現代ではその『毛皮を着たヴィーナス』以外の作品はあまり読まれていないマゾッホであるが、生前は「小ロシアのツルゲーネフ」と呼ばれるほど作家として高く評価されていた(マゾッホは現ウクライナのリヴィウ出身)。むしろ、「マゾ」という言葉が独り歩きした結果、マゾッホの作家としての実力は現代においては過小評価されているかもしれない。私がそう思うのは、マゾッホの『魂を漁る女』という小説を読んだからである。この小説は現在紙では絶版になっているように(電子では購入できる)、決して知名度が高いとは言えない小説であるが、この小説は明らかに過小評価されているように思える。

『魂を漁る女』という小説を簡潔に説明すると、「闇のヒロイン」と「光のヒロイン」が戦うダークファンタジーのような小説である。この小説は、19世紀のウクライナを舞台にしたラブコメとサスペンスを融合させた小説として、間違いなく現代にも通じる面白さを持っている。加えてマゾッホが『毛皮を着たヴィーナス』で描いたような官能的な表現や、残酷な表現も楽しむことができる。

今回はこの『魂を漁る女』という隠れた名作について紹介をしていきたい。

『魂を漁る女』あらすじ・登場人物

はじめに、『魂を漁る女』という小説の登場人物とあらすじについて簡単に説明したい。

『魂を漁る女』あらすじ

物語の舞台はウクライナ。主人公で現在は将校のツェジム・ヤデフスキが、キエフから故郷に一時的に戻るところから始まる。

ツェジムにはドラゴミラという幼馴染がいた。ドラゴミラは美しく成長しており、ツェジムは彼女に惹かれるが、どうもドラゴミラの様子がおかしいのだ。

「私に近づかないで。これはあなたのためなの。今の私はまだ、あなたとあなたの青春の喜びに憐れみを感じています。たぶん私の心がまだ自由だからでしょう。あるいはあなたとの交わりが薄いからです。でも、ツェジム、もしもあなたが私の愛を勝ち取ることがあったら、そのときにはあなたはおしまいよ。まだ間に合ううちに、私から離れなさい。」
『魂を漁る女』(藤川芳朗訳、中公文庫)34~35ページ

実はドラゴミラは、暗黒の教団に身を捧げているのだ。それでツェジムにつれない態度(が、どこか思わせぶりな態度)を取っているのだが、ドラゴミラは教団の命令でキエフに行くこととなり、ツェジムとともにキエフに行く。

「明後日キエフに行かなくてはならないのよ。それで、連れて行ってほしいの。」
「どうやら今日の君はこの僕を申し分なく幸福にするつもりのようだね。」
『魂を漁る女』(藤川芳朗訳、中公文庫)48ページ

ドラゴミラがキエフに行くのは、ソルテュク伯爵という権力・財・美貌を備えた人物に接近するのが目的だった。

一方、そんなソルテュク伯爵は、アニッタという少女と結婚することを神父のグリンスキら周囲から薦められていた。しかし、アニッタはソルテュクの冷酷さに感づいており、アニッタはツェジムに惹かれる。

物語の最序盤で、ツェジムに占い師の女はこう言う。

「おまえの人生には二人の女があらわれる。この二人に、お前は恋をし、二人はおまえに心を捧げよう。ただし、一人には気を付けるがいい」
『魂を漁る女』(藤川芳朗訳、中公文庫)16ページ

この予言の通り、ツェジム、ドラゴミラ、アニッタの三角関係にソルテュクを加えた4人が主な登場人物となり、暗黒教団の活動の不気味で猟奇的な描写も交えて物語は進行していく。

『魂を漁る女』登場人物

ここで『魂を漁る女』の登場人物について整理した(畳んでいる)。もし実際に『魂を漁る女』を読むという際には参考にしてほしい。

登場人物を見る

ツェジム・ヤデフスキ 主人公
ヤデフスカ夫人 ツェジムの母

ドラゴミラ 一人目のヒロイン。ツェジムの幼馴染
マルーティン夫人 ドラゴミラの母
アポストル 教団の司祭
ツィリラ ドラゴミラの召使(彼女の伯母のふりをする)
バッシイ・ラヘレス 「赤い酒場」の女主人。ユダヤ人
カーロフ 猛獣使い

ピクトゥルノ バッシイに惹かれる男

べドロセフ ドラゴミラに利用される伯爵

ゼサウィン ドラゴミラに心を奪われる男

アニッタ 二人目のヒロイン
オギンスキ アニッタの父
タラス アニッタの爺や

ヘンリカ ドラゴミラに憧れるアニッタの友人
カティンカ アニッタの友人
リヴィア アニッタの友人たち

ボグスラフ・ソルテュク伯爵 ツェジムの恋敵的人物にして、ドラゴミラの標的

グリンスキ神父 オギンスキ家に出入りするイエズス会の神父
べドロセフ警部 教団を追う
タライェヴィッチ ソルトゥクの親類でグリンスキ神父の盟友

『魂を漁る女』の魅力とは

ここからは、『魂を漁る女』という作品について解説していきたい。

二人のヒロインの魅力

まず『魂を漁る女』という物語の面白さを語る際には、2人のヒロインの魅力が挙げられるだろう。ツェジムという主人公を、闇を抱えたクール系のヒロインであるドラゴミラと、明るく快活なヒロインであるアニッタが取り合うという構図は、現代のラブコメディにも通じるところがある。

あらすじで紹介したように、ドラゴミラは確かに暗黒教団に身を捧げているが、一方で幼き日を共に過ごしたツェジムに対する情を失ってはいない。つまり、教団に身を捧げているドラゴミラも犠牲者である。男を誘惑し破滅させる「魂を漁る女」でありながら、ドラゴミラ自身もまた、教団に魂を奪われた一人の女にすぎないという悲劇なのだ。この造形により、ドラゴミラは単なる暗黒教団に身を捧げる悪役ではなくなっている。

一方、アニッタはドラゴミラが抱える闇を見抜き、ドラゴミラを警戒し対抗心を露わにする。『魂を漁る女』の物語の最大の欠点を挙げるとすれば、アニッタがツェジムに惹かれる理由がやや不明瞭であることなのだが、一種これはラブコメの必然なのかもしれない。このアニッタも、登場時は単なる快活な少女だったが、物語中でただ一人ドラゴミラの正体に気づいたことで、単なる明るい少女ではなくなっていく。

『魂を漁る女』は、ドラゴミラとアニッタという2人のヒロインの争いが物語の筋としては主題となり、この小説は19世紀ロマン派ゴシック小説でもある一方でラブコメディのような小説としてもダークファンタジーとしても面白い。そして2人のヒロインは先ほど説明したように必ずしも「光と闇」の単純な造形というわけではなく、このヒロインの造形自体も『魂を漁る女』の魅力になっている。

そしてこの作品を読んで思うのは、マゾッホは非常に視覚的な描写に優れた作家であるということである。『魂を漁る女』は、おそらく当時としては読者サービスの側面もあったのだろうが、猟奇的な描写や官能的な描写も多く含まれ、その情景を描く筆致は非常に優れている。そして猟奇的な描写以外にも、この小説は場面転換なども非常に映画的であり、情景が目に浮かぶ。映像化したらかなり面白いのではないかと思う小説である。

マゾッホの特有の魅力

そしてやはり『魂を漁る女』という小説が面白いのは、この小説にところどころマゾッホの特有の価値観がにじみ出ているところである。マゾッホが『毛皮を着たヴィーナス』で描いたのは「支配=服従」の関係であるが、『魂を漁る女』でも女性が男性を支配するというテーマが共通している。

ザッハー=マゾッホ(photo via Wikimedia Commons)

もっとも『毛皮を着たヴィーナス』においては、主人公ゼヴェリン本人が自らの隷従を望むのであり(この倒錯こそが現代においても「マゾヒズム」の本質として指摘される)、その性質は少し『魂を漁る女』のドラゴミラとは異なる。しかし『魂を漁る女』でも、やはりマゾッホの筆は女性が男性を支配する描写で真価を発揮しているように思う。その内容はネタバレになるのであまり書かないが、興味を持った方はぜひ読んでみてほしい。

また、ドラゴミラが作中で纏うオコジョの毛皮など、女王のようなドラゴミラの冷徹な美しさの描写には、まさに『毛皮を着たヴィーナス』でも描かれたフェチズムがあらわれている。

『魂を漁る女』と『毛皮を着たヴィーナス』

ここでマゾッホの代表作である『毛皮を着たヴィーナス』との類似点について触れたが、あくまで個人的な感想を言えば、小説としての面白さは『毛皮を着たヴィーナス』よりも『魂を漁る女』の方が上だと思う。

『毛皮を着たヴィーナス』という小説は、ゼヴェリンという主人公がヴァンダという美しい未亡人と奴隷契約を結ぶという恋愛関係を描いた小説で、その主題の際立った異質性によって後世に名を遺した小説である。あらかじめ言っておくと、『毛皮を着たヴィーナス』はこのブログでも以前紹介したことがあるように、ゼヴェリンとヴァンダの時に笑ってしまうほどの異常な関係を描いており、一読をおすすめしたい小説である

その上での批評としては、『毛皮を着たヴィーナス』は描写は圧倒的に面白いものの、必ずしも完璧な小説というわけではない。この小説には、後半の構成の単調さや、主人公ゼヴェリンが最終的に単なる女性蔑視的な価値観を抱くことになるだけで、物語の終わり方があまり面白くないという欠点があった(女性蔑視的な結論そのものを評価しないというのもあるが、物語として面白くないことを欠点と指摘していることは強調しておきたい)。

その点『魂を漁る女』は、ドラゴミラとアニッタという二人のヒロインの対立軸が、物語を最後まで貫くことで面白さを保っている。『毛皮を着たヴィーナス』には基本的に3人しか登場人物がおらず、読みやすく2人の関係にフォーカスされる一方で、中だるみの原因になっている。一方『魂を漁る女』では、多彩な登場人物が織りなすサスペンスの緊張感が、マゾッホならではの官能的かつ猟奇的な描写と噛み合って、エンタメ小説として面白いものになっている。

そして『毛皮を着たヴィーナス』を読むと、先述の通りマゾッホ自身が女性蔑視的な思想の持ち主なのかと誤解してしまうところがあるのだが、『魂を漁る女』を読むと、そのようなことはないということが分かる。『魂を漁る女』では物語を駆動させるのは基本的に女性であり、むしろ結局この小説を最後まで読んだときに気が付くのは、主人公のツェジムこそ、善良であったとしても作中で最も優柔不断で凡庸な人物なのではないかということである(だからこそ先述の通り、幼馴染のドラゴミラは措くとしても、こんな男とアニッタが釣り合うのか疑問に思うわけである)。

それはラブコメのお約束なのかもしれないが、ここで私が言いたいのは、ツェジムの凡庸さという設計は物語の欠点というよりも、むしろマゾッホが決して女性蔑視的な人物とは言えないということを表しているのかもしれないということである。そして『毛皮を着たヴィーナス』は物語の序盤こそ圧倒的に面白いが物語のラストは今一つの小説だったが、『魂を漁る女』という小説はラストも圧巻であり、ぜひ最後まで読んでほしい小説である。

おわりに

『魂を漁る女』は、ここまで紹介してきたような小説である。『毛皮を着たヴィーナス』の名ばかりが独り歩きし、エンタメ小説家としてのマゾッホの実力が忘れ去られているのは、やはり惜しい。

ところで私が『魂を漁る女』という小説を読もうと思ったのは、光文社古典新訳文庫版の『毛皮を着たヴィーナス』で、訳者の許光俊が「マゾッホの作品をもっと読みたいという方には、特に『魂を漁る女』(藤川芳朗訳、中公文庫)をお薦めしておく」と書いていたのがきっかけであったが、。ちなみにマゾッホを論じた哲学者としてジル・ドゥルーズがいるが、ドゥルーズは『ザッヘル=マゾッホ紹介』のなかで、本作『魂を漁る女』を『聖母』と並べてマゾッホの最良の「黒い小説」のひとつに数えているという。『聖母』も本作同様紙での入手は難しいが、電子書籍では現在でも手に入る。

しかしドゥルーズの激賞の一方で、『魂を漁る女』は、海外を見ても現在ではあまり読まれていない小説のようだ。残念だが、この記事でこの小説に興味を持った方が一人でも増えたら嬉しい。

ところで現ウクライナ出身の作家というと、ミハイル・ブルガーコフを思い出す。ブルガーコフの代表作に『巨匠とマルガリータ』という、悪魔やしゃべる黒猫などが登場する、幻想小説としての面も持った名作がある。『魂を漁る女』の幻想的な描写には、『巨匠とマルガリータ』ともどこか共通点を感じる(『巨匠とマルガリータ』紹介記事はこちら)。

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