- 2021年10月29日
ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』あらすじ・感想ー子どものままでいることの罪
ドイツのノーベル文学賞受賞作家、ギュンター・グラス(1927~2015)の代表作に『ブリキの太鼓』と……

『ドン・キホーテ』といえば、今ではペンギンが象徴の小売店を先に思い浮かべる人の方が多いかもしれないが、その元ネタは世界で最も多く読まれたと言われる小説である。
作者ミゲル・デ・セルバンテスはスペインの小説家で、1547年に生まれ、1616年に亡くなった。『ドン・キホーテ』は前編が1605年、後編が1615年に出版された。セルバンテスの没年はシェイクスピアと同じで、日本で言えば徳川家康ともまったく同じである。つまり、ドン・キホーテとは徳川幕府が成立した直後に出版された小説である。
私も子ども向けに翻案された『ドン・キホーテ』は小学校の頃に読んだことがあり、物語の大枠は知っていたが、最近改めて子ども向けでない原本を読んでみた。もちろんこの小説は傑作だから読み継がれてきたのであって、面白いのは当然なのだが、改めて『ドン・キホーテ』を読んでみて、面白さに衝撃を受けた。
『ドン・キホーテ』は、物語の筋はもちろん面白いのだが、現代の小説も参考にするような構造の面白さがあり、そして現代にもそのまま通じる進歩的な価値観が書かれていることに驚いたのだ(進歩的というと言い過ぎかもしれないが、極めて現代的である)。
というわけで、今回は『ドン・キホーテ』の面白さについて書いていきたい。
なお断っておくと、この記事の執筆段階で筆者は岩波文庫6冊(前編が3分冊、後編が3分冊)のうち1冊半ほどしか読み終わっていない。普段このブログでは読了していない本の感想はほとんど書かないが、今回は私が『ドン・キホーテ』を読んで、衝撃を受けた第14章を軸に紹介をしていきたい。
はじめに『ドン・キホーテ』という本について、教科書的な説明を簡単にしたい。
『ドン・キホーテ』とは、もともとアロンソ・キハーノという、スペインの片田舎ラ・マンチャに住む初老の郷士(下級貴族)の物語である。彼は騎士道物語を読みすぎたあまり正気を失い、自らを遍歴の騎士だと思い込んで「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗って、近所の農夫サンチョ・パンサを従者に旅へ出る。
風車を巨人と思い込んで突撃する有名な場面をはじめ、行く先々で時代錯誤な「騎士道」を実践しては騒動を巻き起こしていく……というのが大まかな筋立てで、しばしば「最初の近代小説」「西洋文学の出発点」と呼ばれる。
ここからは、『ドン・キホーテ』の面白さについて、一部のシーンを取り上げながら書いていきたい。
『ドン・キホーテ』のコメディ本としての面白さは、子ども向けに翻案されたものでも、そのほとんどを味わうことができると思う。
ドン・キホーテ自身は自分のことを騎士だと思い、目の前に起こることを“騎士道物語”にでてくるようなことと解釈し、周囲とのズレでひたすら事件を起こしていく。ところで、この小説を読んで不思議に思うのが、ドン・キホーテはしばしば道行く人を「敵」だと誤認し喧嘩を吹っかけてボコボコにされるのだが、死んだり不具にならないことである。もちろん、ドン・キホーテが都合の悪い人に喧嘩を売って殺されてしまったら物語が終わってしまうので仕方ないのだが、ある意味で現代のギャグマンガにおいてキャラクターの耐久性が非常に高いことと通じるものがあると思った。
一方、改めて『ドン・キホーテ』を読んで初めて理解できたのは、この小説の構造の面白さである。
『ドン・キホーテ』という小説の構造は、ポストモダン文学にも大きな影響を与えた。たとえばポール・オースターの『ガラスの街』という小説は非常におしゃれなポストモダン文学だが、『ドン・キホーテ』を下敷きにしていると言われる。私は『ガラスの街』を読んだときには、子ども向けの『ドン・キホーテ』しか読んだことがなかったので、この意味がよくわかっていなかった。しかし今なら説明できる。
『ドン・キホーテ』には、本筋とは別に、もう一つの仕掛けがある。前篇の途中(第9章)で、物語の語り手は続きが書けなくなる。ところが語り手は、アラビア語で書かれた古文書を偶然手に入れる。それこそが、ムーア人の歴史家シデ・ハメーテ・ベネンヘーリの手による『ドン・キホーテ』の続きだった……という体裁になっているのだ。ちなみに古文書を手に入れたという体裁は、20世紀を代表する文学の一つであるウンベルト・エーコの『薔薇の名前』にも通ずるところがある。
つまりセルバンテスは「自分は本当の作者ではなく、他人の書いた写本を翻訳・編集しているだけだ」という顔をして物語を進める。作者・翻訳者・編集者が幾重にも入れ子になり、「本当は誰が書いたのか」がぼかされていくのである。
『ドン・キホーテ』は、20世紀のポストモダン文学が好んで用いたメタフィクションを、400年近く前に先取りしていた。ここにこの小説の構造の面白さがある。
また、『ドン・キホーテ』は、16・17世紀当時の王道の「騎士道物語」の一種のパロディでもある。「騎士道物語」が前提にあって、その上に『ドン・キホーテ』がある、という入れ子構造も面白い部分である。
本題から逸れる内容が続いたが、ここで私が衝撃を受けた『ドン・キホーテ』の物語について紹介したい。
私が特に面白いと思ったのは、『ドン・キホーテ』の第14章である。
このシーンは、非常に美しい娘であるマルセーラという女性が登場する。マルセーラはあまりにも多くの男から求婚されることを嫌がり、羊飼いとして生活している。
このマルセーラのことを恋焦がれたグリソストモという大学を出た男が、マルセーラの愛を得られなかったために死んでしまう。グリソストモの葬儀に現れたマルセーラの演説が、実に読ませる内容なのである。
マルセーラはおおよそ、次のようなことを語る。自分は望んでこの美しさを授かったわけではない。美しく生まれたからといって、自分を愛する者すべてを愛し返す義務などない。私はグリソストモに一度も望みを持たせたことはなく、偽りの希望を与えたこともない。自分は自由な存在として生まれついたのだから、誰にも縛られず、自然のなかで自由に生きることを選んだのだ。だから、彼の死は私の罪ではない、と。
わたしは自由な人間として生まれてきました。そして、自由に生きるために人気のない山野を選んだのです。
……
あの人を殺したのはわたしのつれなさでは決してなく、むしろあの人自身の理不尽な執拗さであったと言うほうがよほど理にかなっていましょう。
『ドン・キホーテ』前篇(一)第14章(岩波文庫、牛島信明訳)
興味の湧いた方はぜひマルセーラの演説の全文を読んでほしいが、17世紀にこのような自由を重んじる思想が描かれていたとは、正直なところ『ドン・キホーテ』を読むまでは思っていなかった。なお当然、セルバンテスは男性である。
セルバンテスと同じ年に亡くなった徳川家康に、こんな価値観はあっただろうか。断言はできないが、おそらくなかっただろう。そして、昨今のストーカー事件などを思い出すと、現代人もその一部はマルセーラの思想に追いつけていないと思うのだ。
セルバンテスは、オスマン帝国とスペインが戦った世界史上重要な戦いであるレパント沖の海戦などに従軍するなど、数奇な人生を送った人物である。セルバンテスが見聞した内容だけでも十分に面白いのに、
正直に言えば、私は『ドン・キホーテ』という小説のことを、面白い偉大な小説だとは思っていたが、狂人のドタバタ劇に過ぎないとも思っていた。しかし実際に原著を読んでみて、そこには現代に通じるほど新しい価値観と仕掛けに驚かされたのだ。
私自身全6巻を読み終えていないのに偉そうなことは言えないが、ぜひ皆さんにはあの「ドン・キホーテ」のペンギンを見かけたときには、小説の『ドン・キホーテ』も思い出して、いつか小説も手に取ってほしいと思う。