- 2020年4月21日
ブタ・牛・昆虫… 動物たちを「裁判」にかけて処刑した文化の謎を解く!?ー池上俊一『動物裁判』書評・感想
最近、各書店の新書売り上げランキングなどで、池上俊一『動物裁判 西欧中世・正義のコスモス』(講談社現……

2026年5月、イギリスの日刊紙『ガーディアン』で、「史上最高の小説100冊(The 100 best novels of all time)」が発表された。
このランキングは、170人以上の小説家・批評家・学者からトップ10のアンケートをとり、そこで高得点だったものを集計している。英語圏以外で書かれた小説もランキングの対象としているが、英語に翻訳されたものに限られているとのこと。また後述するが、アンケートには日本人1名を含む世界中の人々が参加しているが、一方でイギリスやアイルランドの小説家・批評家に偏っている面は否めない。
そのような理由から、日本人がこのランキングを見るときには、「イギリスの作家が高く評価する史上最高の100冊」として見るべきだろう。
このブログには同様の記事として「死ぬまでに読みたい海外文学の名作100選」という、2008年に刊行されたランキングをもとにした記事があるが、やはり日本の読者に向けた海外文学ランキングとしては、日本人の投票結果に基づくこちらのランキングの方がバランスがよい結果になっているような気はする。
ただ、もちろん『ガーディアン』のこのランキングに見るべき価値がないということは全くなく、むしろ現在のイギリスでどのような小説が高く評価されているのかの傾向を知ることができるという意味において、非常に興味深いランキングである。
というわけで、この記事ではもちろん読書案内も兼ねながらではあるが、『ガーディアン』のランキングについて紹介をしつつ、(私にこのランキングの批評する資格があるのかは措いておいて)このランキング結果および傾向について批評をしたいと思う。
なお、このランキングは、2026年5月27日に修正されたランキングに基づいている(当初発表されたランキングにはカミュの『異邦人』が脱落していたなどの集計ミスがあったとのこと)。
このランキングの内容については個別に紹介していきたいが、はじめにこのランキングの性格を探るうえで、集計方法について改めて紹介したい。
先ほどこのアンケートには日本人1名が参加していると書いたが、この日本人とは『コンビニ人間』などの作者である小説家の村田沙耶香である。ちなみに参加者の一覧はページ下部のSee all the votesから見ることができる。村田沙耶香は、こうコメントに書いている。
I chose books that have shaped who I am, touched the depths of my inner world, and remain important to the most tender parts of my soul.
私は、今の自分を形作り、心の奥底に響き、今もなお私の魂の最も繊細な部分に大切な存在であり続けている本を選びました。
そして村田沙耶香が選んだのは1位にカミュの『異邦人』、2位にハン・ガンの『菜食主義者』、3位にカフカの『変身』、4位は川上弘美の『蛇を踏む』、5位はカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』、6位は太宰治の『人間失格』、7位は小川洋子の『密やかな結晶』、8位はアンナ・カヴァンの『氷』、9位は三島由紀夫の『仮面の告白』、10位は多和田葉子の『地球にちりばめられて』を紹介している。
ちなみにこの総合ランキングはアジア圏からは一冊選ばれており、それが村田沙耶香も2位に挙げた『菜食主義者』である。とはいえ、日本文学が一冊も選ばれていないのは日本人としてはやや寂しい。
村田沙耶香のほか、このランキングに参加した日本でも著名な人物としては、スティーブン・キングとサルマン・ラシュディがツートップだろう。また、『贖罪』などで知られるイアン・マキューアン、故ポール・オースターの妻であるシリ・ハストヴェット(夫の作品は投票していなかった)なども参加していた。
前置きが長くなったが、ここからは実際に、栄えある1位から最後の100位まで、一作ずつ順番に見ていくことにしよう。私自身の好みや異論も、遠慮なく差し挟ませてもらう。
1位になったのは、ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』だった。19世紀英国の架空の地方都市を舞台に、理想家の女性ドロシアや、野心を抱く若き医師リドゲートなどを描いた群像劇である。
ジョージ・エリオットは本名はメアリー・アン・エヴァンズ。女性である。彼女が男性的な筆名を用いているのには、当時の社会で女性作家の作品が低く見られがちであったことと無縁ではない。『ミドルマーチ』は20世紀イギリスを代表する女性作家ヴァージニア・ウルフに激賞された小説でもあり、ウルフの作品もこのランキングには多数ランクインしている。
『ミドルマーチ』は最近光文社古典新訳文庫から全4冊で刊行され、入手しやすくなった。
アメリカの黒人女性作家・トニ・モリスンがピュリッツァー賞を受けた代表作。モリスンはこのランキングに4作を送り込んでいる。
このランキングでは女性作家の作品が多数ランクインしているが、このランキングに参加した半数以上の投票者が女性だったというのも理由の一つではあるだろうが、上位には文学史的評価が圧倒的に高い作品が並んでいる。後述のサルマン・ラシュディも『ビラブド』に投票しており、幅広い支持が窺える。
3位から5位は、『ユリシーズ』、『灯台へ』、『失われた時を求めて』と、いわゆるモダニズム文学が続く。
先述のヴァージニア・ウルフの傑作。個人的にもウルフは何作か読んだが、『灯台へ』が一番の傑作だと思う。
小説ランキングの常連(以後、常連作品については特にコメントしない)
6位が『アンナ・カレーニナ』なのには、正直やや驚いた。というのも日本では、トルストイよりもドストエフスキーの方が人気があるように思うからだ。
一方、このランキングは小説家や批評家から集計したランキングである。『ロリータ』の著者であるナボコフは、トルストイこそ最高の小説家だとする一方、ドストエフスキーのことを「凡庸な作家」と切り捨て、その作風を激しく嫌っていた。
実際に私も両者の作品を読んで思うのは、トルストイは小説家だが、ドストエフスキーはどちらかといえば思想家だということである。そういう意味で、トルストイが「小説」のランキングで上位にランクインするのは納得できる。
こちらも女性作家の作品。
今なお世界中で愛され続ける、恋愛小説の古典である。ジェイン・オースティンも女性作家で、本ランキングに4作を送り込んでいる。
女性作家の作品が続いたが、逆に『グレート・ギャツビー』は男性人気が明らかに高そうな作品かも知れない。言わずと知れた、戦間期アメリカの黄金時代の華やぎと幻滅を描いたフィッツジェラルドの名作。村上春樹も訳している。
ここまではいわゆる“文学”が上位に続いていたが、ディストピア小説の古典がランクイン。オーウェルが、監視と言語統制が人間の内面まで支配する全体主義国家を描いたディストピア小説。
ラテンアメリカ文学の金字塔が、ラテンアメリカ文学としては最も上位にランクイン。架空の町マコンドと、そこに栄えては滅びる一族百年の物語。マジックリアリズムと呼ばれる神話と現実の入り混じった陶酔は、ヨーロッパの文学では味わえない魅力がある。
ここまで20世紀の作品がメインで、19世紀の作品も一部登場はしてきたが、初めて18世紀の小説がランキングに登場した。
だが『トリストラム・シャンディ』は、決して古めかしい小説ではない。これでもかと話の脱線が続いたり(なにしろ、主人公が受精する所から物語が始まる)、塗りつぶされたページが登場したりする、作者の遊び心満載のモダニズムやポストモダン文学である。夏目漱石も『吾輩は猫である』などで影響を受けた作品といわれる。
個人的な持論として、海外文学オタクは必ずいつか『トリストラム・シャンディ』に行きつく、というものがあるが、イギリスでも同じであることを再確認した。岩波文庫の電子版は容易に入手できるが、非常に残念なことに紙の本は絶版状態である。
『ジェーン・エア』の作者シャーロット・ブロンテの妹。
ここで『崩れゆく絆』が22位にランクインしたのは、個人的にはこのランキングの非常に良いところだと高く評価したい。
『崩れゆく絆』は、アフリカ人自身の視点から、欧米化によって先住民の社会が崩れていく悲劇を描いた、現代アフリカ文学の出発点というべき一冊である。こういうと難しい作品、面白くない作品に聞こえてしまうかもしれないが、この小説は物語としても圧倒的に面白い。ぜひ興味を持った方は読んでみてほしい。
むしろ個人的には、22位よりも高く評価したい小説である。
2026年のこのランキング発表現在、存命作家の作品としては、最も高い順位にランクインしているのが『真夜中の子供たち』。インド独立の瞬間、深夜0時に生まれた子供たちの運命を語った小説である。イギリスで最も名誉ある小説の賞であるブッカー賞のみならず、ブッカー賞の歴代受賞作から選ばれる「ブッカー・オブ・ブッカーズ」にも輝いた。先ほど、アジアからのランクインは一冊と書いたが、インドを含めれば本作がアジアで最上位の作品となる。
ちなみに先述の通り、ラシュディ自身もこのランキング投票に参加しており、彼がどのような作品に投票しているのかも見ることができる。
ラシュディは『ユリシーズ』『失われた時を求めて』『審判』『百年の孤独』『ブリキの太鼓』『ビラブド』『ドン・キホーテ』『大いなる遺産』『巨匠とマルガリータ』『無垢の時代』の順で10冊を挙げている。
ラシュディが投票した作品でやはりと思ったのは、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』(残念ながらこのランキングは圏外)である。『ブリキの太鼓』は、自分の意志で成長を止めた、ガラスを割る超音波を出すことができるオスカルという子供を主人公として、第二次世界大戦前後のダンツィヒを描いた歴史小説としての側面もある小説なのだが、『真夜中の子どもたち』は『ブリキの太鼓』に非常に大きな影響を受けている。
ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロのブッカー賞受賞作である。存命作家の作品としては2位にランクイン。
イシグロはSF的な『わたしを離さないで』も非常に人気があるが、個人的には過去にこのブログでも紹介した通り『日の名残り』の方が断然好きである。老執事を主人公に、“記憶”をテーマにした、誰もが感じる過去への哀愁や後悔を描き、どこかほっこりする傑作である。
言わずと知れた「ロリータ・コンプレックス」などの語源。ナボコフは『青白い炎』(29位)もランクインさせている。
『ドン・キホーテ』は最も古く、そして「最初の近代小説」としばしば呼ばれる作品である。騎士道物語の読みすぎで現実とフィクションの区別がつかなくなった50歳の男が繰り広げる荒唐無稽な冒険譚は今読んでも面白いし、そして何より、セルバンテスの価値観が現代とさほど変わらないというのが驚く点である。
ここでようやくドストエフスキーが登場。最後にして最大の長篇である。先述のとおり順位はやや控えめだが、思想書としてなら間違いなく最高峰の一つだ。
誰でも知っているだろうフランケンシュタインという怪物を生み出したのも、女性作家だった。
このランキングの作品は、ここまでは読んだことはなくても概要を説明できる小説ばかりだったが、『ミス・ブロウディの青春』はどのような作品か説明できない。(以下、有名でランクインに驚きがない作品に加え、筆者があまり知らない作品についてもコメントしない)
ブッカー賞受賞作。
こちらもブッカー賞受賞作。
近未来を舞台に、女性が子を産むための道具とされた神権国家を描いたディストピア小説。
黒人であるがゆえに、社会から「見えない」存在として扱われる青年を描いたアメリカ黒人文学の記念碑である。
植民地主義と人間の暗部を覗き込む中篇で、映画『地獄の黙示録』の原案ともなった。
バラク・オバマにも愛された小説家マリリン・ロビンソンのデビュー作。
『サルガッソーの広い海』は、このブログでも以前紹介したことがあるが、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』の前日譚であり、世界で最も文学的に評価されている二次創作とも評される。実際、このランキングでも、この小説のような“二次創作的”な作品は他にないだろう。
『ジェーン・エア』は女性主人公のジェーンが自らの生き方を規定する、男尊女卑が当たり前だった19世紀当時としては先進的な作品であったが、一方で主人公の恋の成就のために、ある植民地出身の女性が“犠牲”を強いられる。この問題を指摘した作品であり、20世紀のポストコロニアル文学の傑作である。
本邦未訳のよう。
悪魔が手下を連れて1930年代のモスクワに現れ、騒動を巻き起こす。ソ連体制への痛烈な風刺と、幻想と恋愛とが同居する、ブルガーコフの遺作である。
白人的な「青い眼」がほしいと願い続ける黒人少女ピコーラの悲劇を描いたモリスンのデビュー作である。
本作も未邦訳。ナイポールは岩波文庫の『ミゲル・ストリート』などは邦訳されているが、かなりの作品が邦訳されていない。個人的に、欧米で非常に評価が高いのに邦訳が少ない作家の一人だと思っている。『ミゲル・ストリート』はかなり面白い小説なので、本作も邦訳を期待したい。逆にこのような外国のランキングは、日本での評価と海外での評価の乖離も知ることができるので有用である。
ハン・ガンはこの小説でブッカー国際賞を受け、後にノーベル文学賞も射止めた。総合ランキングで唯一の東アジア作品でもある。
マッカーシーがピュリッツァー賞を受賞した作品。
改めて具体的に100作を眺めてみると、いくつかの傾向が浮かび上がってくる。
第一に、やはり英国・アイルランドの作家が多いこと。第二に、ヴァージニア・ウルフが5作、ジェイン・オースティンが4作、トニ・モリスンが3作と、女性作家の躍進が著しいこと。そして第三に、記事中でも紹介したアチェベやジーン・リースなどのポストコロニアル文学、黒人作家の作品が確かな存在感を放っていることだ。冒頭に書いた「現在のイギリスが何を最高と考えているか」が、ここにはよく表れている。
一方で、日本文学が一作も入らなかったのは、やはり日本の読者としては少し寂しい。とはいえ、このランキングには村田沙耶香が投票者として参加していたが、将来は『コンビニ人間』もランクインするようになるかもしれない。あくまでこのランキングは、現在のイギリスの読書界を反映したランキングなのだ。
世界中の人が読んでいる小説を読むというのは、国境を越えた知や楽しみを共有できるということであり、私はそのような点にも海外文学に魅力を感じる。興味の湧いた本があれば、ぜひ読んでみてほしい。